1月19日、私はひとつの実践を終えた。
もがいたし、感情を出した。
どこに?
他人に、だ。
そして、他者の懐やあたたかさに触れ、
私は わたし としての学びを知った。
歩きながら すこしずつ
他者への愛情を携えるように。
終えた時、私の現実に広がった。
お世話になった方々に
花束と盛大な送り出しをしていただいた。
いまさらだけど、具現化に気付いた。
卒業、を体験した。
2年とは 実に 充実したものであった。
怒り、憎しみ、憎悪、嘘偽り、アキラメ
プライド、繕い、悲しみ、蔑み、妬み
そして 手放す。
どれも愛しいひとコマであった。
そして、ひとつ任務、課題を終えたことの
体感が20日の今日、訪れた。
ガイドが祝音をわたしに。
私はその曲の【任務は完了】の文字に
突如 込み上げる嗚咽 で
体感した。
階段をまたひとつ登れたのだと。
昇った、が正しいらしい。
なにを卒業した?
なにを終えた?
わたしは愛と平穏の踊り場で
ひと息をついた。
花々と聖歌を魂に刻むよう。
与えられ、今日は、平穏のなかだった。
わたしは自由なのだ。
また、憎しみのない世界を築くために
新たな階段を歩む。
みなさんと学び、実践し、成長する。
それは結果、わたしとなる。
わたしは一部だから。
時に、星々に包まれたとき。
わたしは一部であり、
還る場所があり、
支えてくれる無数の仲間の愛情を
天から降り注ぐ、この身体にまとう それを
感じずにはいられないのだ。
さあ。
あたらしい扉がまもなく開く。
楽しみ。
上手になったもんだ。
ひとりだったあの頃の螺旋階段から
一周はしたのだろうか。
一周とはどんなかわからないが。
いっしょう昇るもの。
関わる人が増える。実践の世界。
さようなら✳ありがとう の鳥となり、
こんにちは✳よろしく と扉を
軽やかに開くのです。
わたしは
藍の血を分けた人たちとともに。
また。

扉の鍵 は すなお だよ。
Open the door.