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ユダヤ格言

寓話シリーズ

 

敗北の苦杯

『ローマ帝国がイスラエルを滅ぼした時

ローマ市内には凱旋門が立ち

勝利を祝ってローマ兵の足元に膝ざまつく

ユダヤ人の姿が刻み込まれた金貨が作られた

 

しかし今日ローマ帝国は残っていない

その間ユダヤ人は敗北に敗北を重ね今日自然科学、芸術

ビジネス、政治などあらゆる領域で業績を収め

生き残り成功した民族の一つになっている

 

成功を受け入れることはたやすいが

失敗を受け入れる事は容易ではない

健康な人は病気になるとあっけなく死んでしまう

ところが病気がちの弱いものは

かえって長生きする事が多い

歴史もそのようなものだ

敗北に耐え抜いた者が

真の勝者になる事を教えている。』

 

日本でも同じ様な歴史的事実が伝えられている

 

米百俵の精神

 

『幕末、長岡藩は奥羽越列藩に加わり家老の

河合継之助を軍事総督とし新政府軍と徹底的に戦った

その結果敗れ石高は7万4千石から2万4千石に晴らされ

三度の粥もすすれぬ程の極貧生活を強いられた

焼け野原となった長岡を再建し明治日本に大きな

影響を与え基礎を築いた人物がいた

小林虎三郎は1828年9月19日長岡藩士の

三男として生まれ生後間もないころに天然痘を患い

左目を失明 23歳の時、藩命により

江戸に留学佐久間象山の門下に入る

佐久間象山は吉田松陰と小林虎三郎の本質を見抜き

 

「天下国家の政治を行う者は吉田松陰

百年先を見通し

仕事をする者は小林虎三郎である』

と言わしめた佐久間象山は東洋の道徳と

西洋の科学技術の融合によって日本の未来を作る

とする自分の意思を継ぐ者として期待していた

寅三郎は佐久間象山維次のような書簡を送っている

 

「ペリー来航してから水兵を強化し大砲や砲台を固め

オランダに航海術を学んできたが蘇効果は上がっていない

此の災いの根源は真の学問の不在であるからだ

 

兵を知らない者が兵を率い学ばざる者が

執政の職にあるという風である

ところが西洋を見ると

その学問の精緻なる事に驚くしかも学校を興し

人材を育成し兵を強くしているしかるに我が国は改革の

命が下って6,7年経つのに何の効果も上がっていない

 

根本的に考えなくてはならいのは

小学(基礎教育)を興し

基礎化から人材を養成していけば

国は富み兵は強くなる

だから国家は学問を興し

教育を普及させ人材を育て

世界の国家と肩を並べるべきだ。」

 

戊辰戦争後、長億藩の窮状を見かねた分家の

三根山藩から米百俵が贈られて来た

長岡藩は此れで一息つけると喜んだが

 

藩の重職「大参事」に就いていた小林虎三郎は

米を売って学校をたてると言いだした』

 

常在戦場を説く

『食べ物がない藩士たちは反発

いきり立った藩士数十人が虎三郎の屋敷に押し掛けた

 

「急ぎ聞きたい事があって参った三根山藩から

見舞いとして送って来た米を貴殿は我らに分けず

米を売って学校を建てるというそれは誠か」

こうして我々が参ったのは

よくよくの事だ

さあ!腹を据えて答えてもらおう!」

殺気だった藩士の一人が刀を抜き

畳に突き刺し迫った!

 

虎三郎は静かに口を開いた

「百俵を分けたところで知れておるではないか

当藩は1700軒余り一人当たり

4合か5合しか渡らない一日二日で

食いつぶしてしまうそのあと何が残るかのう。。」

 

藩士「教育で腹がくちくなるか

そんな先の話は後回しにしてもらいたい!」

 

虎三郎

藩の禄高は三分の一に減らされた去年から不作続き

如何やりくりしても賄える筈がないではないか

一番悪いのは新政府と一戦を交え

薩摩だのやれ長州だの

つまらぬ事で民、百姓を

塗炭の苦しみに陥れた事だ」

 

あの時先の見えた立派な人物がおったら

こんな痛ましい事は起らなかった筈だ」

 

藩士「足軽の中には沢庵一本を盗んでいく者がおる

お前様には家中の実情が分からないのか!」

 

「三根山藩はあくまで我々を救う為に

米を送って来たのだ

それを分けられないというのは

筋違いではござらんか!」

 

藩士達は

そうだ!そうだ!

米を分けろ!と騒ぎ出した

 

虎三郎は見せたいものがあると床の間に掛け軸を掛けた

すると藩士達にざわめきが起こった

虎三郎「各々方よもや此の掛け軸をお忘れでござるまい

常在戦場この言葉は御家風として長岡藩士である限り

 

もの心突くと同時に目に耳に口にして来たもの

常に戦場に在りとは戦のない折にも

常に戦場に在る心で

如何なる困苦欠乏にも耐えよ

というお言葉ではないか」

 

戦場においては辛いとか

ひもじいとか言ってはおれんのだ

不平など言語道断!」

「武士たるもの事に長岡藩士たる者

食えないとは何事か!

米を分けてくれとは何ごとぞ!」

「長岡藩たる者例え

餓死してもそんな

浅ましい事は言わぬ筈だ!」

 

「此の掛け軸の文字は牧野忠成様

以来6代の君主にお仕えして来た

山本朗斉殿のお筆だ ご先祖とご家老の前で先ほどの事を

言ってみなされ米を分けてくれと申してみなされ!」

 

苦しみをどれだけ耐えるかによって

人間の価値が分かるというのだ

苦しみに勝ってこそ

国を町を立て直せるのだ

わしのやり方は回りくどいかも知れん

直に役に立たないかも知れん

しかし長岡範を立てなおすには他にござらんのだ」

 

「今はただの百俵だが後年には一万俵になるか

百万俵になるかも知れない

イヤ!見積もれない尊いものになる」

虎三郎の説得にある者は肩を振わせ涙を流し

 

武士の魂に虎三郎の言葉が響いて行き

やがて藩士達の怒りは収まった

米を売った資金で

虎三郎の「すべては人作り」の精神を汲んだ

「国漢学校」が建設された

 

漢学だけではなく国学.洋学、日本の歴史や地理

物理、哲学、医学が身分を問わず

誰でも入学する事が出来た

虎三郎の教育理念のもと

近代日本に貢献する人材が多数輩出された

 

渡邊廉吉、、明治憲法制定に尽力

大橋佐平、、博文館創始者、

出版物で大いに日本人を啓蒙

小野喜平治、、東京帝国大学総長

小金井良精、、日本を代表する解剖学者

山本五十六、、連合艦隊司令長官

 

最貧国の一つにホンジュラスと言う国がある

元ホンジュラス元大使の竹本正美氏はマドロウ大統領に

「米百俵精神」を話したたところ

非常に感動しホンジュラス国立劇場に働きかけ

 

 

2003年5月21日

紋付はかま姿の現地の俳優によって

米百俵が上演され

劇場は割れんばかりの拍手に沸いた

 

上演後大統領は

今は貧しくとも将来の為に

教育に力を注ぐのが

重要だと改めて知らされた

とスピーチした

その後「米百俵精神」はニカラグア、エルサルバドル、

コスタリカ、

 

バングラデシュにも伝わり今も上演されているという

どん底の中でも未来を信じる

武士の魂が最貧国に

希望と勇気を与え続けている。』

 

敗戦の極貧と絶望のどん底で小林虎三郎は未来を

信じて人材を育て長岡を再建したばかりでなく

明治日本の基礎を築いた

このどん底からの大逆転劇は

新政府への憎しみからは

決して生まれてこない

 

今、世界のじり貧国は発展させる礎となる

虎三郎と長岡藩士の日本精神に勇気と希望を

見出し自分達の国造りに邁進している

一方日本は自虐史観が蔓延し

特亜反日勢力が政治、経済マスコミに

侵食している状況は

正にユダヤ格言「敗北の苦杯」である

 

然し

「国が興るのも町が

栄えるのも悉く人である」

は普遍的真理であるこの

真理を実行すれば大逆転劇が起き

日本は生まれ変わり世界に

希望と勇気を与え世界を照らす国となる!

 

我々の心に武士の魂と

日本精神は

まだ失われてはいない

自虐史観で隠れて入るだけだ

今!虎三郎の精神を実行し

次世代に

健全な日本を渡す責任が

我々世代に問われている!!