雑学シリーズ
梅の原産地はどこか
梅の原産地は中国で奈良時代に遣唐使が薬用として持ち帰り
その後日本の気候風土によって日本独自なものとなった
梅の字は「木+毎」で毎年多くの実をつけることから
安産や結婚を祝う目でたい木となった
梅の語源
中国産の薬用「鳥梅」の中国語の「ウメー」からの説と
『ウ」は塾【うむ】「メ」は実を表し熟実【うむ】からの説がある
梅干しとウナギの
組み合わせが悪いは迷信
梅干しは脂っこい物をさっぱりさせることから折角の
ウナギの栄養が消されてしまうと誤解された説と
梅干で脂っこさが感じられなくなって
食べ過ぎてしまう懸念がらとの説がある
ウナギやアナゴの
刺身がどうしてない?
ウナギやアナゴの血液には
「イクチオヘモトキシン」という強い毒が含まれ
食中毒を引き起こしひどい場合には死に至る
だたこの毒は60度で5分以上加熱すれば
取り除ける為かば焼きなどで調理されるのが一般的である
ホワイトチョコレート
どうやって作る?
同じ原料なのになぜ白いのかそれはカカオ豆を
精製したときに出る白い脂肪分だけで作られるからである
だから苦みを持った「カカオマス」が含まれていないため
ホワイトチョコレートの味がマイルドなのはこのためである
サランラップの名前の由来
サランラップはもともと戦場で弾薬を湿気から守る為に
開発されたその後ピクニックに行った二人の男性が
レタスを積んでいたことがきっかけとなり食品用に開発された
開発者二人の妻の名が「サラ」と「アン」の名を合体した
日清日露戦争」に
勝利を持たらした歩兵銃
明治13年にフランス、オランダの銃を参考に欧米に
引けを取らない優れた村田銃を開発、清の軍隊を圧倒した
その後「有坂成章」が開発した「アリサカライフル]は
世界基準を満たしていると世界から認めれた
当時の戦闘は銃撃戦が勝敗を決め銃口がが大きければ
破壊力があるとされたが命中精度に重点を置き
重心の軽量化と弾丸も小さくすることで
弾薬費用を抑え戦争中、弾薬不足を生じることが
殆どなく日露戦争を制したともいわれれている
ユーフラテス川の鯉のぼり
「第一次復興支援の「番匠浩一郎」一等陸佐の部隊が
サマーワに着いた装甲車両と隊服には日の丸が
遠目にもよく見え他国籍軍から
「お前ら如何かしているこれでは撃ってくれと言わんばりだ」
と何度も忠告してくれたがイラク人に日本の自衛隊であると
アピールしたかったのでそのまま押し通した
「番匠一佐」は現地の人々にこう繰り返し語りかけた
「我々は友人としてやって来た日本も60年前の大戦で敗れ
国土は焦土化し全てが無に帰し食料に困る日が続いた
そんな廃墟から私たちの祖父母、父母の世代が立ち上がり
大変な努力をして日本を復興させたその結果今や経済力が
世界第2位という日本を築き上げる事ができた
メソポタミア文明という人類にとって偉大な歴史を有する
あな達は偉大は民族だあなた達に日本と同じ事が
出来ない筈がない私達は友人として
あなた方が立ち上がる様お手伝いに来たのだ」
この言葉は同じアジア人である日本も同じアメリカに
やられたというイラク人の心に響いていった
日本人の意気とイラク人
外国の軍隊が一様に驚くのは自衛隊取捨地建設の
イラク作業員が夕方になっても帰らないで
働いている事である気温が60度にも達し風が吹くと
直ぐに汗が塩になってしまうので
3時になるとイラク人は途中でも帰ってしまうからだ
他国軍はイラク人に命令するだけで仕事はしない
しかし隊員は昼食を分け合い有刺鉄線整備の際は
服はボロボロ体中血だらけになってイラク人と共に
幹部自衛官も働き続ける外国軍と違う自衛隊に
意気を感じればとことん尽くすのがアラブの流儀だ
復興支援
支援の柱は医療、公共施設の復旧である
ユーフラテス川の水質悪く飲めばアメーバ赤痢に罹る
戦闘で上水道が破壊され人々は浅い井戸水を
飲まねばなならず死活問題だった
自衛隊はユーフラテス川の支流から1日5トンから10トンの
飲料水を作り自衛官から運転を教わった
イラク人ドライバーが
日の丸をつけた車両で配った
イラクの人々から
「自衛隊の水で子供の病気が治った」と
感謝の声が寄せられるようになった
医療も自衛隊医療官が
イラク人医師に最新の医療技術を教育し
医療器具や医薬品を与え直接治療することはせず
あくまでイラクが自分たちで復興する方針が貫かれた
公共施設復旧も他国軍の様に業者に丸投げでは
無くプロセスを大事にした
ひざを突き合わせて話し合い
佐藤正久一佐
「 例えば学校復旧であれば色んな意見を統括する人がいない
始から丸投げすれば楽ですが我々は一つ一つの
ニーズを拾い上げ合意をまとめ青写真をまとめ業者を
募集し選ぶという手順を踏みました実際イラクの
人達の信任は厚くなり「そこは日本にやってほしい」
という要望がドンドン増えていきました」
前代未聞の感謝デモ
2014年12月24日ロケット砲が自衛隊宿舎に
打ち込まれる事件が起き
「自衛隊に感謝する」と横断幕を掲げ
140人のデモ隊が詰めかけ
「あれは一部のハネ返りが
やった事でイラク国民の
意思ではない如何か帰らないでくれ!」
と口々に懇願した
この前代未聞のデモに英、米、オランダ軍は驚き矢継ぎ早に
質問を問合わせる程だった迫撃砲を打ち込んだゲリラも
これは逆効果と思ったのかそれ以降の攻撃は止んだ
この事を報道する日本のマスコミはなかった
アラフアット議長の死去を受けて行われたデモで
20本ほどの横断幕の一つに「自衛隊は撤退すべき」と
書かれていただけで「反日デモ」と報じた新聞社があった
番匠一佐の祈り
番匠一佐はイラクに来る前、駐屯地の北海道「名寄町」の
市民に「こどもの日にユーフラテス川に鯉のぼりを掲げ
戦禍の中で生きるサマーワの子供達に見せてやりたいので
タンスの中に眠っている鯉のぼりをご提供いただけませんか」
と呼びかけ200本以上の鯉のぼりが集まった
迫撃砲事件で中止も考えたが
この局面だからこそと
ユーフラテス川に鯉のぼりを掲げると
川岸の子供達から歓声が沸き上がった
番匠一佐はメセイジーを送った
『日本では宗教に一切関係なく親達が
成長を祈って子供の日に
鯉のぼりを掲げます流れに逆らって
上流に勢いよく上っていく鯉は
成長や健康の象徴です
子供はその国の将来そのものであり
イラクの子ど達が明るい
未来を築いてくれることを祈ります」
これからイラクの子供たちによって
イラクの未来は切り開かれていくだろう
しかしイラクと比べ日本は如何なのであろうか
日本の未来は大丈夫か
最近我が子を虐待死させる痛ましい事件が起き続けている
我が子を浴室で冷たい水を浴びせ殺害した虫けら以下のクズ!
こんな親に一切同情は不要!殺人罪を適用し死刑にすべきだ
アメリカであれば虐待通報で即、
親子を隔離し取り調べで
虐待があったと分かれば親は刑務所送り
場合によっては死刑も適用される
が日本では親の反省や情状酌量で
刑が軽くなるだから今回のような事件が
起きやすく後を絶たないのだ
一方的な虐待に児童福祉に
頼っても助けてもらえず
裁判にも訴えらず想像を絶する絶望的な
環境中で必死に生きていかねばならい!
全国の児童福祉士の数は3235人に対し
虐待相談数は
13万3778件東京都市部で
一人当たり100件を抱えているという
政府はこの状況に2000人増やすというが
氷山の一角だと
考えれば焼け石に水だ!
実態はその何倍にもなる
虐待の原因は識者が様々に指摘するが
子供が子供を産み育てる様な能力もない
親に対し厳格なる罰則化が必要!
同時に明治期「文明開化」によって西洋思想が入り
我が国の倫理道徳が軽視され低下この
世の乱れに明治天皇が憂い日本人が祖先から
受け継いできた美徳があらわされている教育勅語が発布された
文科省は教育勅語を現代に合わせ復活させ
教育しなければ
人として育たないという
「人間性悪説」に立ち教育し
子供達を守るべきであるそうしなければ
日本の未来は閉ざされ
2千年間積み上げてきた日本の
文化文明という財産が消滅する!
これは子供達の
悲痛な声でもあり我々に対する
日本の未来からの
救いを求める叫びでもある!!








