慈悲の心
中国・・東普時代・・慧遠(エンオン)334~416年
江南地方を支配していた将軍の垣系(カンゲン)は
僧侶の慧遠に「自分は隣国と戦うことになった是非とも
戦勝祈願のご祈祷をして頂きたい」
慧遠は弟子を集め大々的な祈祷を行う
喜んで帰ろうとする将軍を呼び止め
「今のはもちろん将軍の戦勝を祈祷した
然し私は同時に相手の武運長久も祈祷した」
一瞬将軍は顔色を変えるが直ぐに
仏の慈悲は生きとし生けるもの全てに及んでいる
と悟り深々と頭を下げた
神仏を自分の味方につけ武器を取り戦う
一神教の教徒はやがて海に
乗り出しアジアを支配した
其の神は自分の創造した人間達同士の
殺し合いを命じているのだろうか
神道のご神体は鏡であると言う
カガミの様に一転の曇りの無い状態に
古代の日本人は神を見る
仏教の座禅はそれを目指す様に思う
座禅の瞑想を
取りいれる米国刑務所
2014年4月6日・・にネットに
載っていた記事要約
瞑想で受刑者の精神が安定し
刑務所職員の負担が減り
出所者の再犯率が下がるという
女性セラピストのジュデイスリンテイ(47)
「受刑者の多くは攻撃的でドラッグ・酒ギ・ャンブルに
溺れ罪を犯してきた瞑想で彼らの
精神状態を変えるのが私の役目」
受刑者ある(41)は
「幼少の時から心に巣食っていた
邪悪と向き合える様にな成った
刑務所が人生を変えた」
キリスト教保守が多数占める南部ハイベルト地帯では
かつて瞑想は仏教徒に変えると
牧師から抗議が出て一時禁止に成ったが
受刑者が看守に隠れて瞑想を
していて効果が出ていた為に結局再開された
受刑者の心を
救っているのが東洋の
慈悲心を教える
仏教であるのは
興味深い話である。