"永遠の中から” 私たちは どこから 来たのだろう? -65ページ目

"永遠の中から” 私たちは どこから 来たのだろう?

何の始まりもない 永遠の時から
主ご自身のみが 存在していた
懐かしい 故郷 エデン

全く一つ、エハッドであるイスラエルの神
イエシュアの永遠の完了の業で、救われて
新しい人として生きる ヘブライ語原典聖書
からの発見記録

日本は16日になりましたが、イスラエルは、まだ15日です。

ハヌカの2日目になりました。

 

ハヌカの祭りを祝うたびに、歴史の中で起きた出来事を振り返る事が

できます。

ハヌカの裏にあった出来事は、ダニエル11章に預言されていることでした。

神が警告していることは、他の神々、異教徒の風習、慣わし、礼拝、

文化に染まり、別物と同調、同化することです。

 

ギリシャ・シリア帝国は、広範囲の場所を支配していました。

イスラエルは、北のセレコウス朝、南はプトレマイオス朝(紀元前305年~紀元前30年)の間に挟まれて、弾圧されていました。

ギリシャ・シリア帝国は、ユダヤ人に対して、ヘレニズム化をすることが目的としていました。

国土を広げる、力を持つ、それ以上に、ユダヤ人を自分たちの文化、

宗教、思想に同調させること、ヘレニズム化させることが一番の目的だったのです。

クリスチャンの間では、ローマ帝国皇帝が言った「ユダヤ化されるな!ユダヤ人をやめろ!」というスローガンがありますが、

神に敵対するものは、神の教えを捨てさせ、異教徒の文化慣わし、

思想、宗教、実践、記念日に交わることをさせるのです。

神の教えを捨てさせる、それがどの帝国でも行われて来たことです。

 

ギリシャ帝国は、異教の神々の文化であり、肉体を崇拝する思想を

持っていました。

スポーツ大会があれば、全員裸のまま競技をするということをしたのです。

彼らにとり、イスラエルの神のトラーを生きる人たちを全て、

彼の文化、思想に染めること、これが一番の目標だったのです。

政治的圧力、弾圧を、この流行病の時に実際に体験したでしょう。

世界中が、強制的に生物兵器をやられる、行動制限される、

命令に従わせる実験がされていたのです。

同調しない人は、職業奪われたのです。追放されたのです。

医者は、免許剥奪までされました。

そのような圧力をかけられた時、迎合するのが逃げ道なのです。

周りの人の賛成を得るために、今や牧師が神の教えを捨て、

LTBT賛成などという時代になったのです。

周りに排除されないためです。

そういうのを、同化、同調というのです。

これが、ギリシャ帝国、ローマ帝国、そして今や同じようにクリスチャンの間でも浸透してしまっているのです。

 

ユダヤ人に、トラーを生きることを禁じ、多くのユダヤ人がギリシャ

政府に同調して行ったのです。

どうして神は異教の神々の文化、慣わしに染まることを、断固として

禁じているのでしょうか?

もし、イスラエルの神の教え、聖別された生き方を捨てたら、世界は

全て異教徒と同じ生き方に染まり、地の面からイスラエルの神に属する人の神が教えている聖別された生き方が全く消えてしまうからです。

 

これは、混ざり物の教えに染まること、神の教えを捨てることが

どれほど危険なことなのか、理解しない場合には、全然見えない事

なのです。

今の時代は正に、同調、同化、迎合、妥協の時代です。

聖書を教える人が、神の言葉を蔑ろにするように教え、

神の言葉を疑えと教え、神の教えが何かも理解しないままなのです。

 

海外に住んだことがある人ならば、分かると思います。

逆に外国人が日本に来たら、日本の文化を学び、日本語を覚え、

日本の国の記念日が何かを知って、日本の食べ物を食べるということをします。これは、健全な同化です。

でも、その中でも、やってはならない同化があるのです。

神が禁じた異教の神々の慣わしに染まること。

神の教えに反することをすること。神の教えを捨てること。

異教の神々を拝むこと。神が禁じる食べ物を食べること。

神の教えを捨て、神のモアデイムを捨てること、これはしてはならないことなのです。

ギリシャ・シリア帝国は、ユダヤ人にトラーを実践することを

禁じました。

割礼を禁じ、シャバットや祭りを禁じ、汚れた動物、豚を食べるように、勅令で強要しました。

多くのユダヤ人が、ギリシャ帝国の勅令に同調して行ったのです。

同じことが、第二次世界大戦でも起こりました。

ドイツに住むユダヤ人が、ドイツ人と同じように生きて、ポーク

ソーセージを食べ、シャバットを捨て、神の教えを捨てて、

ドイツ人よりドイツ人らしいのだ!と、誇っていたのです。

 

神の契約に根付いて生きることをした経験がない、神の教えが廃れたという別の教えに聞き入っている場合、このハヌカの教訓は、

その人には決して届かないものになります。

なぜなら、神は神の契約、トラーに根付いた生き方を捨てることを

禁じているからです。

神殿の中に、ゼウス神の像を設置し、祭壇に豚を捧げ、神殿の床は

豚の血で汚されたのです。

マカバイ戦争が起きたのは、モデイムというエルサレムから約40

キロのところにある街でその発端が起きました。

ゼウス神を拝み、豚を食べさせられることに、多くのユダヤ人が同調し、それを同胞であるマタテアスが刺し殺したことから勃発しました。似た出来事が、民数記にも記されています。

 

民数記25:1 イスラエルはシッテムにとどまっていたが、民はモアブの娘たちと、みだらな事をし始めた。

25:2 その娘たちが神々に犠牲をささげる時に民を招くと、民は一緒にそれを食べ、娘たちの神々を拝んだ。

 25:3 イスラエルはこうしてペオルのバアルにつきしたがったので、主はイスラエルにむかって怒りを発せられた。

25:4 そして主はモーセに言われた、「民の首領をことごとく捕え、

日のあるうちにその人々を主の前で処刑しなさい。そうすれば主の

怒りはイスラエルを離れるであろう」。

25:5 モーセはイスラエルのさばきびとたちにむかって言った、

「あなたがたはおのおの、配下の者どもでペオルのバアルにつきしたがったものを殺しなさい」。

25:6 モーセとイスラエルの人々の全会衆とが会見の幕屋の入口で泣いていた時、彼らの目の前で、ひとりのイスラエルびとが、その兄弟たちの中に、ひとりのミデアンの女を連れてきた。

25:7 祭司アロンの子なるエレアザルの子ピネハスはこれを見て、

会衆のうちから立ち上がり、やりを手に執り、

25:8 そのイスラエルの人の後を追って、奥の間に入り、

そのイスラエルの人を突き、またその女の腹を突き通して、ふたりを殺した。こうして疫病がイスラエルの人々に及ぶのがやんだ。

 

異教の神々、異教徒の慣わしに染まること、イコール、同化、同調

区別がないものになり、イスラエルの神の民、聖なる民の生き方が

地上から消え去るということなのです。

 

今終わりの時代、同調の時代です。

偽物の教え、異物の教えに交わり、神の教えを捨て、神に聖別されているという意味が何かを知らないまま、同化、同調、迎合をする時代です。

聖別という意味は、神の目的のために、神が取り出し、選び出して

いるという意味なのです。

その人たちは、異教徒と同じ生き方をしていたら、神の聖別の実態が消えます。

イエシュアも祝われたハヌカは、聖書の中に唯一、ヨハネ10章に

記されています。

イエシュアが祝われたならば、同じようにこの出来事の意味を回想し

祝いたいです。

 

ヨハネ10:22 そのころ、エルサレムで宮きよめの祭が行われた。

時は冬であった。

10:23 イエスは、宮の中にあるソロモンの廊を歩いておられた。

 

ハヌカでは、8本の支柱と一本の点灯用の支柱でできている

ハヌキアを灯します。

毎日、右から左へ本数を増やします。今日は2日目だったので、

右から2番目を最初に灯して、そして一番右端のキャンドルを点灯しました。

明日は3日目なので、右から3番目から、右へ向かって順番に灯します。

ハヌカの由来であるお話、ストーリーを子供達に読んで、そして、

ドレードルというゲームをします。

今日は、このゲームで大盛り上がりをしました。

ハヌカでは、ギフトを毎日もらったり、いただいたりしますが、

今日は私にもプレゼントが用意されていました。

子供からは、手作りのハヌカのキャンドルをもらいました。

私を2008年からずっと教えてくださっている先生のお宅に滞在して、ハヌカを過ごせる幸いな機会を与えられています。

私は、トラーに記されていることを、その通りに教えられることがなければ、ずっとローマ帝国が作った宗教、神の教えを破棄せよという宗教の教えが本当だと思い込み続けて、宗教の実践だけをして、

本当は神が何を教えているのか分からないまま、ずっと宗教の教えに縛られたままだったのです。

神のみ顔=実態=言葉を隠したら、何が本当の神の顔なのか分からないままになってしまいます。

人間が編み出した宗教は、全部邪魔なもの、人には必要のない

いやむしろ邪魔で、不必要な教え、実践であり、人に必要なのは

生ける神の言葉=イエシュアの実態そのもの、それだけなのです。

そして、本物の自分を生きることを取り戻すこと。

 

世界中から来る仲間たちに出会い、来る未来、天が地に降りて来た

時代には、喜びは、もっとすごいことになるのだなと、片鱗を味わっています。

詩篇133:1見よ、兄弟が和合して共におるのはいかに麗しく楽しいことであろう。

 

ガラス製のハヌキア。色々な種類のハヌキアがあります。

 

神の家の祭壇の上に捧げられない動物は、神の宮である人の体の中にも取り入れることができないものです。

豚の血で汚された神殿の床を8日間で、清掃しきよめ、祭具全て、

豚で汚されたものを清めて、神殿を再奉献したのです。