神の教え、イエシュアの完了の業、福音、全てを、永遠の中に完了
完結している事実のみから、聖書に書いてある事実だけに立って
神が伝える永遠普遍の言葉を、調べる、考えます。
歴史の途中で、初めて救い、購い、許し、神の助け、聖霊が住まう事が有効になり、稼働したのではない!
なぜなら、創造の6日で完了。それは永遠の中で完了!
この世の礎が物理的に造られる以前から、子羊は屠られ、私達は
神により永遠の中に選びだされ、聖別されている事実が、神の言葉により伝えられているからです。
神は永遠の中から全てを語って教えているからです。
時系列上に、西洋哲学思想、西洋人の作った創作宗教の教えで、
聖書の全てを考えるから、神が伝える事実が見えないのです。
聖書も、記述が、永遠から今へ、そして未来から、過去へ、過去から未来へと順序立てて書いてないからです。
エデンの園の最初から、終わりが書いてあるのです。
もし、2000年前まで、許しも、購いも、救いも、神との関係も
ない、聖霊が内側にも住まわないなら、そんな神は、聖書に書いて
あるイスラエルの神とは全く違う、酷い神です。
聖書には、逆が書いてあります。神との関係に戻った人達は、
もれなく全て神と対話し、聖霊が内側に住っていたことが書かれています。アヴラハムも、イエシュアを知っていたとあるでしょう!
知るとは、頭で知るではなく、深い関係にあると言うのが、ヘブライ語の意味の知るです。人間の体験する関係で、最も近しい夫婦間の
関係、知るという意味なのです。
神の臨在が実際に住まう、天の家の地上でのそっくりそのままの
レプリカである、ミシュカンを通しても、教えているでしょう!
実際に神の臨在を、五感で体験しながら、イエシュアの
業、イスラエルの神ご自身、神の教えを教えられたのです。
神の教え、言葉が変わったのではなく、人間の方が変わってしまって
神の言われることを、理解できなくなったのです。
神の言葉を捨てるということは、そういうことでしょう!
神が言われることなど、実は神が言われる通りには、本気で信じていないのです。半分信じて、半分人の教えを混ぜた偽情報で神の言葉を曲げて歪めたものを信じている。
神の言葉、教えを、人間の教えと混ぜて半分に薄めて、違う教えに
変えて、その混ぜ物の教えを信じているのです。
永遠普遍と言っても、クリスチャンは実はそう信じてないのです。
変化する、変わる、違うと、ずっと神が言われる事とは、違うことを
平気で言い続け、信じ続けて、違うことを実践させられているのです。
しかも、書いてある内容が、ある箇所は頭脳の理解を超えているから
分からない、イコール、神の言っていることの方が間違いだ!
廃れた!と決めつける思考回路は、ずれています。
自分が理解できない、イコール、本当ではない?
それならば、聖書には、神が言われることが永遠に真実であると
信仰により受け取る以外、理解不能なことがたくさん書いてあります。
神が伝えている、教えている、生き方、教え=契約は1つです。
なぜなら、神はエハッド、唯一の神であり、他にない。
イスラエルの神の大家族もデイスペンセーション神学、アイルランド人が作った思想や、ローマ皇帝が主張するように2つない!
西洋宗教が教える契約は、異邦人とイスラエルとは、別物、又は
教えが違うなどと主張しています。
そして、それは聖書に書いてもない、実在もしない、根拠も証拠もないことを、根拠として、聖書とはズレた教えを勝手に解説しています。架空、嘘、存在しないものを根拠に語る宗教の教えです。
マタイ以降が新しい契約、新しい教えと思いこんでいるのは、人間、異邦人が作った旧約、新約という聖書のタイトルのせいでもあり、
歪んだ、間違った聖書解説のおかげなのです。
マタイ以降、イエシュアが教えられた教えは、モーセの五書以外にない。使徒も誰も、神の教え=トラーを変えたり、歪めたり、人間が
自分の意見で仕分けて良いなどと、一言もそんな冒涜は教えてもいないのに、それが書いてあると思っているのです。
これ、集団催眠です。聖書には、最初からその2つのページ、
旧約聖書、新約聖書というタイトルページを付け足してはらならなかったのです。
それこそが、人に間違った神の言葉の概念を与える「つまづきの岩」であり、人を、神の言葉の性質、永遠普遍、永遠に固く揺るがない!と神が教える真実を覆い隠す目隠しそのものです。
神の言われたことに基づいて考えるだけ、その思想が聖書ではないと
証明できます。神が「永遠に変わらない、廃らない」と言われたでしょう。その言葉に照らし合わせたら、変わる、捨てる、破棄されると
言い続ける教えが、聖書ではないと、分かるはずです。
神の言葉に人が、付け足し、差し引きするなかれ!と神が言われたことに真っ向から違反している行為なのです。
神の言葉の性質、真実を、神が伝える通りに伝えない、いや神の言葉に「旧新」2つ別物があるという嘘、偽情報を刷り込み続けているからです。
便宜上、旧約聖書、新約聖書という言葉を使っていますが、
これは人に間違った固定概念を植え付けるタイトルです。
使われるべき言葉ではない間違った言葉です。
教会という造語も、律法という間違った翻訳も、従うというずれた
翻訳も、全部神の伝える真実を歪めて、違う思想を刷り込んでいる
ものなのです。
ある事柄の意味を、言葉が表して人に伝達する役割をしているのに、
本来の意味とは違う言葉を使い、伝達しているから、誤解した
聖書概念、神の言葉に対する歪んだ固定概念が植え付けられ続けて
しまっているのです。
天を治めるのは、クリスチャン、地を永遠に治めるのはユダヤ人?
こんな思想は、デイスペンセーション神学であり、聖書ではない。
しかも、ユダヤ人がデイスペンセーション神学から聖書解説するなど
思考回路が、聖書ではない、完全に西洋宗教哲学に染まっている人もいるのです。父の花嫁=ユダヤ人、イエシュアの花嫁=異邦人?
では混血はどうするのですか?
聖書には、最後には主の名は、一つ!神の民も1つとなる!とあるのに、聖書に反する思想を語る人は、神の性質、人の性質に反する
分裂家族、聖書にない思想を唱え続けているのです。
おかしな思想、聖書ではないことを、堂々と人に教えているのです。
そして、それが主流の教えで、浸透してしまっているのです。
進化論は嘘!と言っても通じない状態と同じことが、聖書を語る世界でも起きているのです。異邦人の間では、一世紀後半からずっと
ローマ帝国により曲げられた神の教えに流れていった結果、
神の言葉の進化論が浸透したのです。
気がつけば、イエシュアが教えた純粋なトラー、聖書をそう多くの人は正しく語っても、聞いてもいません。
どこか、人間の教えと交わり、混ざり合い、純粋な神の言葉、聖書ではないことを、聖書のごとくに解説しているのです。
そして、その聖書ではない聖書解説が、異邦人の間では主流になって
いる、それが問題なのです。
大元は、聖書を聖書で解説していないこと。人造宗教、置換神学、
デイスペンセーション神学、聖書ではない思想を通して、聖書を解説しているからです。
神が伝えている、教えている、生き方、教え=契約は1つです。
神との関係に入った人は、もれなく全て、神はこの契約を土台に
根拠に関係を結ぶことを伝えていることを、はっきり知らないとならないのです。神の言葉捨てる、拒絶する、イコール、夫の言うことなど無視!しているのです。
実際にそうしているのに、それが正義!恵!などと、堂々と神に
反することをしながら、神に反する行為が何かも、全く理解していないのです。
神が伝える罪の定義とは、神の教え=トラーに反すること!それが
聖書=神が解説する罪の定義なのに、クリスチャンの間では、罪の定義が何かも、聖書から教えられていないのです。
西洋宗教が教える契約は、異邦人とイスラエルとは違うと言います。
2つ別の契約、2つ別の教え、又は神が神の教え=モーセの五書
トラーを否定した教え、人間が勝手に神の教えを仕分けて良い!
などという教えもありません!!!
それでは、神が神ではなくなるという意味です。
人間主体。人間が中心、人間が権威となる!聖書ではないでしょう。おかしいでしょう。考えれば分かります。
異教の神々〜人間が考える偶像の神像を、クリスチャンが語るのです。
契約は神が伝える通り、1つしかありません。
代表者もイスラエルだけであり、異邦人は契約を受け取る代表者には
なりません。
置換神学は、異邦人が契約を受け取る代表となったと言いますが
この思想は、新しく教えられた「キリストの購いで救われる」という
ことが、初めて歴史の中で教えられ、そして異邦人こそが、
このキリストを世界へ伝えたのだ〜などと考えているから、
勘違いしているからです。
異邦人は、聖書に記されたイエシュアを正しく世界に伝えてなど
いません!
神の教えを生きて義とされる人など、人種、時代に関わらず、一人もいません!神の教え=トラーは、生きて義とされるために与えられたという勘違いをしているから、聖書を読む前提が最初からずれているのです。
神に義とされた人たちのみへ、神が与えた婚姻契約、それが神の教え
トラーなのです。
トラーとは違う、契約や神の教えはありません。
別の契約や、別の教えなど無いのにあるという、空想から話しているのです。
マタイ以降を読んで、その中に書かれている内容が正しく読み取れない理由は、最初の大元、神の言葉の完全版を知らないからです。
子羊の購いの代価は、永遠の中にあり、それはエデンの園の最初から
教えられているのです。何も変わらない。
未来に変わるのは、神の言葉ではありません!
神が伝える通りの人の生き方も変わらない!
未来は何が変わるのか?誰も主を知ろう!と言わなくても良い状態になる。全ての人の頭脳に割礼がされ、このように神の教えは変わらないなどという、そんなことを言う必要もない、誰もが知っている。
神の大家族は、神のトラーを生きる1つの家族であるということ。
天と地が1つになり、イエシュアが王の王、主の主として、世界を
統治する。朽ちる体ではない、朽ちない体に変えられる。
大祭司は、レビ族のアロンの家系の男子ではなく、メルキゼデクの位に属する天の大祭司、ユダ族ダビデの家系の王の王、主の主である、イエシュアがなるのです。それがヘブル書に書かれているのです。
トラーが廃れた、変わった!などとヘブル書を解説していますが、
そんなこと、聖書のどこにも書いてあるわけありません!
変わるのは、祭司システム、そのことが、ヘブル書に書いてあるのに、書いてもない先の律法が破棄されたなどという、原文にない
文章を挿入しているのです。ヘブル8:13
そして、書いてある内容を、意味を正しく読み取っていない問題が
あるのです。
イスラエルの神と、イスラエルの民に敵対したエジプト、
その国の名は代表国として書かれている、その人たちも、
神の祭りにエルサレムに上り、祝うようになる!と預言されている。
偽物の王、支配者は全部消える!トラーを生きる人を、ギリシャ
ローマ帝国、反キリストのように弾圧する人々はいなくなる。
誰もローマ帝国教や、その他偽物人造宗教を生きる事はなくなる。
1世紀のユダヤ人たちは、ローマ帝国の弾圧から救い出して下さる
王の王であるメシアを待ち望んでいたのです。
イザヤ書や他の預言書には、苦難を受けるメシアがはっきり書かれているのですが、それを理解していた人、していない人がいたのです。
今と同じです。神の言葉を、正しく理解して、生きている人。
神の言葉を、正しく理解しないで、宗教を生きている人。
弟子達でさえ、パウロのようにはトラー、預言書を理解していませんでした。彼らは一般の人でトラー学者ではない。
ある部分、神の教えを正しく理解していませんでした。
パウロは、一旦、イエシュアがトラー、預言書のメシアである事実に
目が開かれたら、それ以降はパウロが弟子達に対して色々と教えられるような役割になったのです。
なぜなら、パウロはトラー学者として特別な訓練を受けていたからです。
イエシュアが彼らに、エマオの途上で、モーセ、預言書から全部紐解いて、イエシュア、メシアが書かれていることを教え直したと書いてあります。ルカ24
そして、神がシナイ山で与えた文字で記された契約以外、別の契約はりません。
契約は、神の側では塗り替えない!と言われたでしょう。
人が、その契約を破り続けているだけで、神の側では何も契約の内容の変更、違反はないのです。
神との関係にある事実は、神の提示された契約=神が伝える生き方を
土台として生きること以外にない!ということが、全く見えていないその理由は、結局聖書ではなく、ローマ教発動の人間の思想、
人が神の言葉を否定、薄め、歪め、別物の教えを混ぜた人間が編み出した宗教の思想を土台としているからなのです。
これが、本当の問題であり、エデンの園から全く変わらない問題なのです。
人が、神の言葉を疑い、神が言った通りではない、永遠普遍の神の
言葉を信じず、付け足し、差し引き、変えるな!と言われたのに
勝手に神の言葉、教えを再定義し直し続けているではないですか。
こんな違反をする教師は、聖書には登場しません!
それらは、聖書では、偽教師、偽預言者と認定されて、追放されるのです。
人が神の言葉を塗り替える、それは死に匹敵する重たい罪です。
偽情報、嘘、砂の上に建てた家は、必ず100%倒れます。
嘘の中を探り続けて、考えても、そこからは神が伝える真実は出てこないのです。
嘘を研究し続けても、そこに真実はありません。
進化論を研究する偉大なノーベル賞級の学者、その学問は嘘、全く
無意味で、真実などではないでしょう。
それをやり続けたら、嘘を研究し続けたら、そこから真実が出てくるとでも言うのでしょうか?
ひょうたんからこまが出る?嘘の教えから、神の真実など出ません。
神が言われたことが真実か、そうではないか、2つに1つしかないのです。