神の言葉は永遠不変です。
途中で変わると教えられ、そう信じて来たそれらが真実
だと思っているだけで。
神の言葉が途中で変わると言う事が、聖書に基づき、
不真実である事は、神の言葉に照らし合せれば、一目瞭然です。
神は約束をひるがえされません。
途中で約束や契約を取り消さないのです。
神の言葉は、一点一画も廃れませんと、神御自身が
宣言しているのに、人間が、神の言葉は歴史の中の
2000年以降変化しました、新しい契約を異邦人に
移し替えられましたと、唱えてるだけなのです。
誰が言い出しっぺ?なのでしょう?誰かが神の言葉に
異議を申し立てて、世間に偽の証言を信じ込ませたのです。
大きな所では、4世紀、又それ以前にも、それ以降にも
人が神の言葉に手を加えた歴史の事実がずっと存在して
います。
もちろん、異邦人!トラーを知らない、ローマの人々、
異教の神々を信じる世界から来た、神の言葉を捨てた人の
教えなのです。
イスラエルは、神に捨てられましたと言う教えを唱えるなら
”何か変じゃない?”と、この時点で気が付くはずなのです。
イスラエルの神が、契約の民を捨てるなら、契約に入って
いない民=異邦人とて、簡単に捨てると言う事になるのです。
言っている事と、信じている事の間に矛盾がある事に
気がつけない矛盾があるのです。
著名な学者や、教師の意見は世界中に反乱しています。
でも、大衆に支持されている神の言葉とは異なる教えが、
神の言葉の真実を覆っ居るのです。
人間の教えが神の言葉の真実とマッチするのかしないのかが
全ての決め手なのです。だから、オリジナルのヘブライ語の
神の言葉に書かれた内容を知る必要があるのです。
オリジナルヘブライ語聖書に書かれた、神の言葉に照らし
合せて、世間主流の教えのそれらが、真実か真実でないかを
知る必要があるのです。
有名な、著名な、世界で支持されている教えが
もし神の言葉の真実とはマッチしない場合、全ては神の前には
無意味と言う事になってしまうのです。
どんなに素晴らしく、それらしく聞こえる教えでも、
神の前に真実では無いものは、真実ではないと言う単純な事実。
長い年月支持されて来た、人の意見や教えは、神の言葉の
真実の前にやがて影を失せるしか無いからです。
進化論と同じく、世界中の人が疑いもなく信じている
神話、伝説、仮説は、神の創造された世界とは違う、
只の嘘だから、神が再び来られた暁には消滅するのです。
それと同様に、神の言葉とは異なる、人間の唱えた教え
神学はやがて消え去って行く結末にあるのです。
誰も、在りて在るお方を知ろうと言う必要が無い世界が
やがて、近いうちに来る。
詰まり、全ての人が神を知り、神のトラーに生きる世が
来ると、オリジナル聖書には書いてあるのです。
言って居る事と、実際に信じている事の間に、
非常に矛盾があるのではないのか?と考えて、気が付けば、
どうしてその矛盾が生じるのか、元に戻れば分るのです。
矛盾=人間の作り出した教えが一人歩きしてしまった
からです。
神の言葉と、人間の宣言の間に不協和音があるからです。
真実と不真実は繋がれないからです。
不真実はやがて、神の光のもとには廃れる。
闇は光が来れば、消える。
そして神の真実は永遠に堅く立つある通りだから。
神の言葉のオリジナルに戻る。
人間の教え、人の意見を通り越して、
神の言葉の真実に世界が今戻りつつある事実が
在るのです。