岩手行って、まぁ気にするほど体力は落ちてないんだな、とわかって良かった。
普通に行って帰れた。というかゆるすぎた。
人と一緒に何かするのも久しぶりだったけど、普通に大丈夫ですね、との
感覚も得た。


ゆるすぎた、という件については。
多少話題になっていたけど、このボランティア活動の在り方。

20代30代の働き盛りが会社休んでずっとボランティアしてるわけにはいかないから、
未だに足しげく東北に足を運んでいるのは、
パートをしている主婦層と意識の高い4,50代の男性と、退職後の元気なおじさんたち。

「できる範囲で無理をせず」なんでしょうが、
実働時間がなんせ短い。
震災直後がそうだったかといえばそんなことはないけど、
団体で動いている性質上、レベルは低めに設定され、
ゆるく長く続けよう、というコンセプトだと思う。

話を聞いていても、色んな団体を渡り歩いて、現状の自分に合うところで
活動をしているようだが、うん、その必要性を感じた。
個人で動いている方とも出会って話をしたけど、
そうしたい方がいるのもわかる。

同じ団体で、帰りに私を待ち伏せしてまで話しかけてきてくれた方曰く、
ここまで月1,2で行き続けている人たちは、
色んな人と出会えたり、色んな体験ができ、どっか楽しくなっちゃってるからだ、
と言っていたけど、そういう人はこういう大所帯でやり続けるんだろう。

仕事によって、同じ仕事に同じ人間が複数日張り付く方が効率が良いのでは、とか
団体自体の存続の問題だったりとか、
この時期だからこそではあるが、まだまだ組織としての在り方も揺らいでいるようだった。


活動内容としても、正直疑問が残るものもあり。
どんな仕事でも行い、見返りを求めず、充足感だけを味わうのがボランティアだとしても、
その仕事を受ける、つくる、割り振るマネジメント側は、
重要な判断をしなければいけないのではないかと思う。

海岸線の宅地を遺族の好意で使用する。
植物を植えられるように、土を改良し、農地化。
この数年で、かなりの労力をかけてやってきたらしいが、
ボランティアが帰ればだれも管理する人はいない。
当然、農地になるはずがない。
周りの住民の心が少しでも安らぐように…?
無駄だとは言わないけど、人員の配分はそれで良いのだろうか。


直後の悲惨な状況の中から何十回と活動をされている方から見れば、
また違う見方があるのかもしれないが、
私にはそう思えることもあった。

ま、それに気付いているお姉さん方もいるようだったが、
割り振られた仕事を淡々とこなす、こと以外を考えない様にしている、
というのが本音のようだった。
確かに、あーだこーだいってやらないより、何かしらをやり続けた方がいいからだろう。

行くか行かないか、という判断ではなく、
月に1回行くようにしている、という位置づけ。
素晴らしいな。