イノセンス それは、いのち。
押井守監督の傑作SFアニメーション映画『GHOST IN THE SHELL』の続編『イノセンス』をレビュー。
イノセンス
英題:INNOCENCE
制作年:2004年(日本)
ジャンル:SF/スリラー
監督/脚本:押井守
原作:士郎正宗
音楽:川井憲次
主題歌:伊藤君子『Follow Me』
声優:大塚明夫、山寺宏一、田中敦子、大木民夫、仲野裕、竹中直人、and more…
『イノセンス』のあらすじ/概要
押井守監督「GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊」の続編。人間の脳が情報ネットワークに直接接続され、身体の機械化が進む世界。少女型の愛玩用アンドロイドによる持ち主の殺害事件が多発し、政府直轄の防諜機関・公安9課のバトー(CV:大塚明夫)は、犯行直後の少女型アンドロイドが「助けて」という言葉を残して自壊するのを目撃する。違法アンドロイドの製造を疑った9課は、製造会社ロクス・ソルス社の捜査に乗り出し、失踪した草薙素子のかわりにトグサ(山寺宏一)と組むことになったバトーは、ロクス・ソルスのある北の大地へと飛ぶ。日本アニメとしては史上初となるカンヌ国際映画祭のコンペティション部門に出品。製作にはスタジオジブリの鈴木敏夫プロデューサーが名を連ねている。
映画.comより抜粋
『イノセンス』の感想/レビュー/考察
ということで(どゆこと?)
前回の『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』の続編、『イノセンス』のレビューでございます。
少佐こと草薙素子が失踪したので、それから3年後の今回は、皆んな大好きバトーさんが主人公だよ。皆んなが好きかどうかは知らんけど、オレは大好き。
巨大企業ロクス・ソルス社が販売する少女型の愛玩用アンドロイド、所謂ガイノイド“ハダリ”が、原因不明の暴走を起こし、所有者を惨殺する事件が相次いで発生。
このハダリが、ガイノイドというより、所謂セクサロイドとしての使用もされていたらしい。言い換えるならダッチワイフ的に扱われていたということである。人間という者の欲はどうしようもない。
だが、アンドロイドであるはずのハダリの暴走が相次ぐということはつまり、被害者に政府高官などの要人もいたことから製作会社が何かしらの意図をもって暴走プログラムを組み込んでいたことによるテロの可能性を示唆するか、ハダリにゴーストが宿っているかという話になってくる。(ハダリは完全なアンドロイドであるはずなので、これは人形に自我や魂が宿るのと同義であるということになる。つまり本来あり得ない。)
そして結論としては、テロの可能性はゼロであると否定される。
ほいじゃ何事!?ってのが本作の主要なお話。
尚、本作では異様に犬が出てくる。前作『GHOST IN THE SHELL』でも沢山出てきていたけど、本作では目立つ。そもそもバトーが飼っているからなんだけれど、そもそものそもそもが、押井守監督が物凄い愛犬家なんだよね。
犬にも攻殻機動隊で言うところらのゴーストは宿ると、押井守監督の強いメッセージ性が伺えるメタファーであるとも言えるであろうと思われる。
本作では、9課の部長である荒牧も示唆する通り、前作の素子の苦悩的立場にバトーが立つ。
人形使い事件の時の少佐とそっくだぞと。それ故に荒牧はバトーに生身に最も近いトグサを付けるのだけれど。
つまり荒牧なりの人間であるとはどういうことなんや?ゴーストって何や?という問いとヒントを与えている。(のだと思う)
そして、バトーさん、前作の人形使いの傀儡たち同様ゴーストハックされ、いつもワンコの餌を買っている食料品店で銃乱射事件を犯してしまう。
“貴様!オレの眼を盗みやがったなぁ!”(攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX/別作品だね。)
しかし、大したお咎めもなく、バトーとトグサはロクス・ソルス社に何かがあるに違いない!ということで、本社へ。
ん?あれ?少佐?
しかしこのロクス・ソルス本社を始めとして、本作でのCGを駆使した詩的映像表現は荘厳で美しい超えて荘厳である。
この映像を堪能するだけでもこの映画の価値はあるのではなかろうか。
物語自体は、正直前作以上に小難しいというか、デカルトや孔子を始め、様々な哲学者や思想家、ミルトンなどの作家、聖書などからの引用が数々散見される。
その辺、前作のような抽象的なオリジナル表現にはない確固とした出典がある故に、人によっては敷居が高いと言えば高いであろう。ある意味ではそれ故に視聴者に考える隙を与えずに、疑問符だけ与えちゃってる可能性もあるのよね。
大して知的でもない知的好奇心旺盛なだけの賢ぶりたい意識高い“系”の私のような者にとっては、あーはん。←って感じなのではありますけど。
舐めんなよ!中卒やぞ!受験も受けてないぞ!
話を戻して、ロクス・ソルスに辿り着いた二人は、なんかいきなり、電脳の擬似現実の無限ループに迷い込んでしまう。
なんだこれはデジャヴ?エッシャーの騙し絵?インセプション?
みたいな。
然し、この描写があることにより、私なりの一つの答えが導き出させれる。偶によく引用しているあれである。
事件の真相としては、指定暴力団である紅塵会とロクス・ソルスが繋がっており、紅塵会が密輸入してきた少女のゴーストを、ロクス・ソルスのゴーストダビング装置によって、生きた人形として作り出したのが、ガイノイド、ハダリの正体であった。
なんて残酷なことを…人間の欲望というものは止まることを知らない。
しかし、最終的にはあの失踪していた少佐が、自身のゴーストの一部をどこぞのネットの海から一体のハダリにダウンロードさせたことにより、バトーを導き、なんとか事件は解決するのであった。
そして少佐は
“あなたがネットにアクセスするとき、私は必ずあなたのそばにいる”と言い残し、ハダリのデータを消去して、またも失踪というか、ネットの海に消えるのであった。
果たして、人間であるとは、はたまた人形であるとは、そしてゴーストとは、更に犬とは、その差異は何であるのか。
これらは明確に違いがあるはずであるが、何かしらの共通点を見出しているのも確かなのではなかろうか。
知らんけど!
総評
ということで、私の思うこの映画、及びシリーズの抽象的な答えを表す詩。(いつもの)
“君には始まりも終わりもない
死は生であり生は死だ
未来も過去も意味をもたない
君が見たこともない愛を信じるように
意識は存在する
永遠に”
by L'Arc〜en〜Ciel『Inner Core』
星3.5!