ルーティンについて

新年となり、約一週間が過ぎた。平日、休日と一通り過ごしてみて、時間配分が適していると確信できた。平日、休日の双方を同じタイムスケジュール。AM4時周辺に起床、PM9時頃に就寝。このタイムスケジュールで過ごしてゆけば時間のゆとりだけでなく、気持ちのゆとりまで獲得できる事が判明した。それは7日の早朝、窓から望む。生駒山を背景にした朝焼けがとても美しかった。

その時は朝の筋肉トレーニングも終えていて、予定している車のエンジンオイル交換へ向かうまで小一時間程猶予があった。コーヒーを飲みながらその時間を消化するつもりだったが、美しい朝焼けを観て思った。日の出を観に行こうと。ベランダから日の出を良いポジションで観る事はできる。しかし、季節的に斜め向かいの公団が日の出を遮っている。なので、近くの川沿いまで移動して日の出を待った。

年末の29日、昨年の最後となる勤務日。出勤する際のバス停で朝日を浴びた事を思い出した。あの時は7:40ぐらいだったと思う。あれから数日が経過している。なので多少は日の出が早まっているだろうと待機する。川沿いなので小さいながらも公園がある。その付近の安全柵に腰をかけ、刻々とかわる雲の動き、鳥のさえずり、肌を刺す冷たい空気を楽しみながら無心で景観を眺めていた。その時間が長時間に及んでいるからか足趾がかじかんできている。携帯を持たずに出てきたので時間がわからない。なので時間を整理してみた。朝焼けの景観に感銘を受けたのが6:40付近、日の出が恐らく7:30付近と仮定。10−15分ぐらいこの場で待機しているのかと推察する。その様な事を頭を空にしながら考えている中でとあるアニメの中で言われていた事を思い出した。秀才と呼ばれる人たちも常に思考を巡らせているわけではなく、いっときは何も考えず過ごす時間を設けている。それにより生産性は向上するというエビデンスもあると。私は秀才には程遠い人間だが、この様な時間があれば過剰にストレスを溜め込む事もなくなるな感じ、休日はこの時間も設けようと思う。

そして遂に日の出を迎えたが、足趾は完全に凍りついてしまった。やはり冬は寒いなと陽気に帰路に着く。コーヒーを入れかけていたのでゆっくりと飲む時間はないかもしれないが頂く時間はあるだろうと考えていたが甘かった。時計をみると8時になっていた。冬の早朝、一時間少々外にいた事が判明した。それは足も冷えるなと理解できた。しかし、時間は朝の8時と意気揚々と休日のスタートをきった。

7日、休日早朝の動きを振り返り。平日も同じ起床、睡眠のタイムスケジュールで過ごしている。これは既にルーティン化している事を感じた。