何があったのかは俺には分からんが、女の子が亡くなってることだけはまぎれもない事実だ | 錆鼠熊のブログ

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自戒を込めて

しかも、被告が両方とも、『向こうがが虐待した』とか言ってる。そこからは亡くなった女の子に対する気持ちとかは見えてこない気がするな

どうすることが正解なのかも俺には分からん。分かっているのは何をやっても取り返しはつかんということだけだ。死んだ人間が生き返ることは決してない。やってしまったことはなかったことにはならない

やった当人は躾のつもりだったのかも知れんが、自分がされたことをやっただけかも知れんが、そもそもそれが間違いだということを教わらなかったことが悔やまれる

暴力や威圧が躾になると思うこと自体が間違いだと気付かない限り、こういうことはなくならんだろうさ

自分が無事だったから、死ななかったからなんてのは気休めにもならん。何の根拠にもならん。自分は厳しく躾けられてきたとか言ってる人間の多くが、平然と他人を罵り傷付けようとする事実に何故目を瞑るのやら。他人の痛みとやらを徹底的に教え込まれてきた筈の世代が、安保闘争やら空港建設反対の武力闘争をしてきたのが何故なのかどうして考えないのかねえ

治安が悪くなった? 凶悪事件が増えた? 昭和40年以前に絞ってもかつて起こった凶悪事件の数々に目を瞑って今の方がそういうのが増えてると何を根拠に言ってるのやら

俺は加害者の人権なぞ考慮していない。あくまで現実的な効果の面でしか考えていない。その上で、暴力が抑止力になるという発想そのものが犯行の動機の基になってると言っているんだ

冷静になって調べてみれば、殺人事件の多くが「私刑による死刑執行」だという事実が分かる筈だ。それを「自分達とは種類の違う異常者の行為」とか考えて目を瞑ってる限り、自分がいつか加害者になる可能性は下がらんだろうさ。後は、そうなるきっかけが自分に降りかからないことを祈るしかない

簡単に頭に血が上ってるようじゃいつタガが外れてもおかしくないのをわきまえてもらいたいもんだ








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