殺人というものが、「私刑による死刑執行」だと理解出来ればその危険性も理解出来るのかも知れんがな | 錆鼠熊のブログ

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自戒を込めて

どんな理由があろうが、人を殺せばそれは「殺人」なんだよな

国による死刑執行が殺人ではないという建前を成立させる為に、「殺意のない執行官による執行」が行われてるということの意味をよく考えてほしいものだよ

安易に人を殺すということがどれほど危険か、世界を見れば実例はいくらでもあるというのに、その現実から目を逸らして憂さ晴らしばかりに固執するから事件もなくならないんだろうにな

だいたい、「命には命でもって購う」という理屈のいい加減さにも目を瞑ってて何を言ってるのやらって感じだし

「死をもって償え」? じゃあ、自分が死ぬ覚悟があれば殺していいということか? 俺はそんな理屈で殺されたくはないがなあ。犯人が死んだところで生き返る訳じゃないんだから

遺族が本当に願うのは、「何もかも元通りにしてほしい」ってことだろうに

だが、それは何をどうしたって叶えられることはない。それは厳然たる事実だ

俺の妹は、実母を自殺に追い込んだ親戚を死刑にしてほしいと、精神を病む程に願った。しかしそれは決して叶えられることもないし、もし叶えられたとしても死んだ実母は還らない

「あいつを殺してやる!」と、泣き喚きながら暴れる妹を抑え付けて俺も「こいつをこんなに苦しめる奴を殺してやりたい」と思ったよ。でもね、それをやっても妹が本当に願ってる「母親とまた一緒に暮らしたい」という願いは絶対に叶わないんだ

「命には命でもって購う」という理屈が通るなら、他人を自殺に追い込んだ人間も死ななきゃならなくなるだろう。だがもしそれが実現すると、どれだけの人間が死刑になるのか、よく考えることだな

俺がしつこく言ってる、某地方議員を袋叩きにして自殺に追い込んだ連中の話も、つまりはそういうことだ。罵詈雑言を浴びせ誹謗中傷を行った人間だけに限定したとしても、果たして何千人何万人の人間が死刑になる? そんなことが現実として可能なのか? 俺にはとてもそんなことが可能だとは思わんね

自分が死刑になるかもしれない事例には目を瞑り、そのくせ安易に死刑を願うことがどれほど無責任か考えもしないようじゃ、そもそも話にならないさ









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