つくづく、命というものを「価値」という基準で判断することの限界を感じるよ | 錆鼠熊のブログ

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自戒を込めて

元より、加害者の命ごときで被害者の命が贖えるなどという発想もおかしいだろう

なら、三人殺した奴の命の価値は三人分ってことなのか? 俺はそうは思わんね

命を奪った者は命で償うべきだっていうことなら、じゃあ、どこまで償うべきなのかっていう問題が出てくる

事故は? 災害は? 自殺は?

単なる過失の場合は死刑が回避されて、悪質な事故なら死刑ってか? だが、その悪質とそうでないう部分の線引きはどうなる? その境界線上に立たされて、加害者が死刑にならなかった場合の遺族の無念はどうなる? 遺族の無念を晴らすべきと言うのなら、死亡事故は問答無用で死刑にしなきゃならなくなるんじゃないのか?

行政などの無為無策が原因で災害の被害が拡大して亡くなった場合はどうだ? その場合は誰が死刑になる? どこまでが死刑になる?

他人を自殺に追い込んだ場合も、遺族は加害者を死刑にしたいと望む場合があるだろう。俺の妹がまさにそうだった。そういう場合も、自殺の理由が明白で原因になった人間がはっきりしてるならまだしも、原因になった人間が5人とか10人とかになってきたらどうする? そいつら全員死刑にするのか? そんなことが出来るのか?

俺が軽々しく死刑を望む人間のいい加減さを痛感した一番の原因は、以前、どこかの地方議員が病院の受付で傍若無人に振る舞ったんで、ネット上でそれが炎上して数えきれないくらいの人間がその地方議員に罵詈雑言を浴びせて、結果的に自殺に追い込んだっていう事件だよ

命は命で償うべきだって言うのなら、その時にその地方議員に罵詈雑言を浴びせた人間は、全員死刑になるべきじゃないのかね? そうなると何千人、何万人の人間が死刑になるのか見当もつかん 

自分はそうやって他人を死に追い込んでおきながらその事実に目を瞑って死刑死刑と軽々しく口にする。何て浅ましい姿だか

叩かれるようなことした方が悪い? そうなるには原因がある? それを言うなら、他の事件だって「そうなった原因」を突き止めてその上で量刑を判断するのが当然だよなあ?

裁判ってのはその為にやってるんだろう? そこで証拠やら証言を調べて判断してるんだから、そういうのが見られない立場の人間が何を言ったってそりゃただのガヤでしかないさ









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