だから俺は、他人の期待に応えようとか、他人の都合に合わせようとか、思っちゃいないんだよな | 錆鼠熊のブログ

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自戒を込めて

なんで、自分にとってどうでもいい人間の期待になぞ応えにゃならんのだ? そんなことして、そいつは俺の期待に応えてくれるのか? 俺に何をしてくれるというんだか

どうでもいい人間に何かしてもらおうとか思わんし、だから俺もどうでもいい他人の為には何もする気はない。俺の行動原理はほぼすべて、自分自身の欲求だけだ

まあその中でも特に大きいのが、自分にとって大切な人を苦しませたり悲しませたりしたくないってのだから、自分にとって大切な人の為なら頑張るし我慢もするよ。単純な話だ

人間ってのは、自分の欲求を叶えようとする時こそ一番力を発揮する傾向にあるのは事実だろう。なら、その欲求そのものを、誰かを守りたいとか幸せにしたいとかいうのにするのが最も合理的だと俺は思う

まあもっとも、その「守りたい」とか「幸せにしたい」ってのがあらぬ方向に行ってしまったら逆に困ったことになるから、どうすることがその人を守ることになるのか、幸せにできるのかってのを良く考えなきゃいけないけどね

自分の大切な人を守る為に、幸せにする為に、それで誰かを傷付けて恨まれたら、結局守ることも幸せにすることも難しくなってしまうから、それじゃまさしく本末転倒だ

だから、実際に事件を起こすような奴は、自分も、自分の身近にいる人も大切じゃないんだなと感じるんだよな。大切だったら、そんな苦しめるようなことするとも思えんし

自分の大切な人のことを考えたら、生き難い世の中になって欲しいとも思わん。自分勝手な理屈で「死ねばいい」とか平気で言うようなリスクの高い人間に増えて欲しいとも思わん。それと同時に、自分の子供達をそういうことを平気で言う人間にしようとも思わん

もしそんな人間になったら、そういう発言で他人を不快にして諍いを起こしたり、よっぽどのことがあって精神的に追い詰められたらそういう普段から思ってることを実行に移しかねんのを知ってるんでな

俺も、子供の頃に「大人なんか全員死ねばいい」と思ってた人間だ。復讐計画を練り上げて後は実行に移すだけという状態まで行ったことがある人間だ。だからこそ、「死ねばいい」とか安易に考えることの恐ろしさを良く思い知ってる

一番恐ろしいのは、そういう自分を「正しい」と思い込んでる人間だよ。そういう奴が、実際に事件を起こしてしまったんだからな