自分の憎悪を制御できなくなった人間は、他人の憎悪にも鈍感になるっていう実感はあるよ | 錆鼠熊のブログ

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自戒を込めて

俺も、かつて大人への憎悪に凝り固まってた頃は、他人にどれだけ恨まれようが憎まれようが関係ないって思ってた気がする。だからこそ、復讐計画なんか立てられたんだけどさ

あと、無関係な人間を巻き込むのは、自分の家族への復讐という印象もあるな。と言うか、俺がもし同じことをするならそれが一番の目的になるだろうという気がするという意味で

だが、今の俺には復讐しなきゃならんような家族はいない。皆、俺にとっては大切な存在だ。苦しめたくも悲しませたくもない。その為に自分の抑える。簡単な理屈だ

だからもし、両親が離婚せずそのまま実父と一緒にいれば、俺は今こうしてはいなかったとものすごく思う。実父に反撃してるか、それが出来なきゃ他人を巻き込んでるかでね。今でもそう思うくらい、実父のことは恨んでるし憎んでる

再婚の際に養父の籍に入ったから、法律上はあの男とはほぼ他人だ。だが血の繋がりは消せない。それが悔しい。もっとも、それは言っても詮無い事だから気にせんようにはしてるけど

ポジティブっていうのは、そういう、自分ではどうすることも出来ない、それどころか誰にもどうすることも出来ないようなことでくよくよ悩まないっていう意味だと感じるよ

それが出来ると、憎悪も随分と抑えられる気はするね。すでに起こってしまった事象はなかったことには出来ないっていうのが理解出来るようになるから

しかし、こういう事件が起こる度に思うが、遺族でもない人間が、安易に「死ね」だの「殺せ」だの、軽々しく死を望むことがどれほど危険か、考える気もないのかねえ。「自分はそんなことしない」とか思ってるんだろうが、それは単に自制心を失うほど追い詰められたことが無い、もしくはたまたま運が良くて結果的に最悪の事態は避けられただけだってことも分からんようじゃ、この先もそんな幸運が続くか何の保証もないだろう。もし自分がやらかした時は、どんな言い訳をするのやら

と言うか、実際にやらかした人間が、普段ネットでどんな発言をしていたか、最近すごく興味がある。いかにも事件に繋がりそうなごく一部分だけじゃなくて、正義とかいうものについてどんな発言をしてて、事件を起こした人間にはどう対処するべきかみたいなことをどう発言してたがね

そうすれば、いくら口先だけで正義を唱えてても最悪の事態は回避できないってことが確認できそうな気がするんだよなあ









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