物事の一面だけを見て決め付けることの恐ろしさも感じる事件だな | 錆鼠熊のブログ

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自戒を込めて

正直、現時点では詳しい事情が殆ど分からん状態では誰が悪いのかよく分からん

喧嘩の原因になったのがどちらかなのも分からんし、互いに相手を殴り合っていた対等な喧嘩だったのだとしたら偶発的なものとも言えるのかも知れんし

殴ったのが腹や背中だけなら脳の血管が切れていた説明がつかんし、そもそも9歳の子供のパンチ力でそれだけのダメージが与えられるものかどうか非常に疑問だ

殴ったはずみで頭をどこかにぶつけたのか、もしくは意識不明になった子が極度の興奮状態になったことで脳の血管が切れたのか、はたまた殴ったのが腹や背中だけというのが嘘で頭も殴っていたのか、さらには素手じゃなくて何か凶器になるものを使ったのかという事も考えられるが、現状では何一つ分からない

ただ一つ言えるのは、何があったにせよ喧嘩が原因だったという事だけは間違いなさそうだ

が、今度はその喧嘩の原因が何かという事も今はまだ分からない

この子達の普段の関係性がどうであったのかも分からないし、特に力関係という点でどうだったのかが個人的には気になる

今は加害者と見られてる子に非難が集中しているが、もし、現在意識不明の子の方に何か大きな原因があったと分かった途端に、見事なまでに手のひらを返して「殴られるようなことをした方が悪い」みたいなことを言いだす奴も間違いなく現れるだろう

それどころか、この事件が、普段虐められていた子が逆襲したことで起こったものだったとしたら、それこそ「よくやった」とか「ざまあ」みたいなことさえ言い出す奴が現れるのは間違いないだろうね

だが俺は、そんな考えに迎合する気は全くない。どんな理由があろうが殴っていい訳じゃない。抵抗しなければ命の危険がある場合に咄嗟に手が出てしまったという場合のみ、罪に問われない場合もあるというだけで、それも決して「やって良い」事ではない筈だ

この事件だって、喧嘩にさえならなかったらこんな結果はなかった可能性が高いと思う

手加減さえすれば殴って良いとか考える人間は多いだろうが、9歳の子供が同じ年の子供を殴っただけでもこんなことになる場合があるんだ。いくら手加減したつもりでも、それはどこまで行っても「つもり」でしかない

ましてや、大人が子供を殴るとなれば、それが本当に9歳の子供が同じ年の子を手加減せずに殴る時の威力より弱いかどうかなんて、どうやって確認するつもりだか

以前、教師が児童を殴ってその子が吹っ飛んで怪我をしたという事件があったはずだ。その教師は当然手加減したつもりだっただろう。だが、9歳の子が同じ年の子を手加減なしで殴ったとしても体ごと吹っ飛ぶなんてことがあると思うか?

それだけの威力を出そうと思えば、それこそ全体重を乗せて体当たりをする感じで殴らないと無理だろう。しかも、そんな殴り方をすれば殴った方の拳もただじゃ済まない

今回の事件では加害者とされてる子が手に怪我をしているという情報は今のところない。手に怪我をしていないのなら、それはそんなに無茶な殴り方をしていないという事だろうさ

だが、問題はそこじゃない。手加減をしたかしていないかは関係ない。殴ること自体が駄目なんだよ

手加減さえ分かってれば大丈夫なんてのは、ただの幻想だ。どんなに軽くやったつもりでも、当たり所が悪かったりはずみでどこかに頭でもぶつけたりすれば重大な結果になる危険性はある

が、殴らなければ、掴みかかったりとか突き飛ばしたりとかしなければ、そんな危険性も発生しないのは間違いないけどね

重大事故が発生する陰には、そこまでは至らない無数の小さな事故が隠れているというのは良く知られたことの筈だ

軽い気持ちで誰かを殴って、その時は幸運にも大したこともなく終わったとしても、もし不幸な偶然が重なりあえば取り返しのつかない結果を招く危険性のある行為だという事を、肝に銘じておいてもらいたいものだと思うよ

この事件だって、喧嘩にさえならなければこんなことにはならなかったんだろうからね











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