亡くなった人をどう悼むかは、最終的には人それぞれだと思うんだよな | 錆鼠熊のブログ

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自戒を込めて

自分の思ってる通りの悼み方でないと難癖を付ける人間もいるが、俺はそういう人間が苦手だ

批判は仕方ないにしても、自分のやり方こそ正しいと押し付けてきて、その人の悼み方を否定する人間がどうもね

俺にはむしろ、そっちの方が亡くなった人を蔑ろにしてる気がして仕方ない

アマゾンで僧侶の派遣を利用する人間は、確かに従来の供養の仕方とはかけ離れてるかも知れんし、宗教行事ではなくなってしまってるのかも知れんが、その人なりに悼む気持ちを表そうとしてるなら他人が口出しすべきことじゃないと思うんだよな

結婚して子供を産むことが当たり前でなくなった今の社会では、供養の仕方だって従来通りである必要があるとは俺は思わんね

いっそ僧侶の派遣などしてもらわずに、すべて自分達で「葬式」を行うというのもありだと思う

そもそも、葬式というもの自体が、残された人間達が亡くなった人との決別に区切りをつける為の儀式なんだろうから、要は気持ちの問題なんだろう

立派な葬式を挙げることで気持ちを整理するという人はそうすればいい。だが、そういう形ではなく、静かに故人との別れを噛みしめたい人にとっては、あれやこれやの段取りや儀式はかえって邪魔になる気さえするよ

ましてや、不信感を抱いてる僧侶とかに関わられたり金を渡したりなんてのは、逆に苦痛ですらあるかも知れん。と言うか、信用できない人間に儀式を仕切らせることそのものが、故人を冒涜してる気さえする

俺も、本当は他人に邪魔されずに嫁さんと二人っきりでゆっくり話をしたかった。だが、嫁さんの母親が普通の葬式に拘ったから、「子を亡くした親の気持ち」を優先しただけだ。俺の方はまあ、形には拘らん分、普通の葬式でも別に構わんかったからな

宗教界がアマゾンのやり方を批判するのは自由だ。だが、その根拠を「自分達こそが正しいから」だとするなら、俺はますます宗教と距離を置きたくなるね











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