自分に都合のいい相手だけ大切にするくらいなら大抵の人間が出来る。そうじゃない相手まで大切にできるからこそ意味があるんだろうし
残念ながら俺自身はそこまで器が大きくないから罵詈雑言を並べないようにする程度しか出来んけどね
だがそれでも、嫌な気分になりながらでもその存在そのものまで否定しようとは思わんからこそ、感情任せにせずに済むというのもある気はする
自分にとって都合が悪い、気分が悪い、むかつく、許せないという程度の理由で他人の存在そのものを否定するなら、そりゃ同じ理由で自分の存在も他人から否定され消されてしまうことも覚悟しなきゃならんさ
でも俺はそんなのは困るんでね。だから他人の存在も否定はしない
だが、否定しないことと何でも許して見逃すこととは違うんだよな。だから、悪意を持って法律に触れるようなことをするのなら、きちんと法によって処断されるべきと思ってるし
暴行、傷害、窃盗、恐喝、強要と、がっつり刑事罰に相当するような行為を、「黙って殴られてれば大目に見てやる」と体罰程度で済ますんじゃなく、しっかり法の裁きを受けさせるべきだと俺は思ってるのよ
俺が体罰を否定するのは、それは所詮暴力でしかなく、しかも実際には充分な効果もなく、ただ嘘と言い逃れと隠し事の上手い人間と暴力を肯定する人間を生み出すだけでしかないのが分かってるから否定するだけであって、悪意に基づいて行われた行為そのものを断罪しなくていいと言ってる訳じゃないんでね
特に、小学生くらいのまでの子供にとっては、警察に呼ばれるなんてのは一度や二度ならトラウマ物の恐怖体験だろう。警官に事情を聴かれ、洗いざらいしゃべらされるなんて、少々悪ぶってる程度の子供ならちびってもおかしくないと思うよ。体罰なんかよりよっぽど恐ろしい罰だろう
もっともそれも、罰として効果があるのは最初の数回だけだろうけどね
その最初の一回二回で骨身に沁みてくれるならそれでよし、しかしもしそうでないなら、それは何か別の相当根深い問題をその子が抱えてるということで注意を払ってその背景を探る必要もあるだろうな。多分、小学生頃の俺のように
思えばあの頃は大人に対する憎悪に凝り固まって感情そのものがまともに機能してなかったような気がするから、下手をすると警察に連れて行かれても無感情で無感動な状態で警官を睨み付けてたかも知れん気がする。いやはや、我ながらぞっとせん話だよ
他人を傷付けずにいられん人間には殆どの場合それなりの理由があると思う。それが解決せん限り、罰は充分に効果を発しないと俺自身の経験から実感があるね
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