なんだかんだ言ったって、結局自分がどういう風に子供と接してきたかが結果として出てくるだけだろう | 錆鼠熊のブログ

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自戒を込めて

自分が子供にどう思われるかなんて、自分が子供とどう接してきたかが全てだと思うね

子供が大切にしてくれないとか冷たいとか薄情だとか、それはつまり子供から見て親がそういう風に見えていたんじゃないかねえ。もしくは、関わりたくもない種類の人間だという風にね

今更それを嘆いて何になるんだか。そういうのが嫌だったらもっと接し方を考えればよかっただけだろう。でも自分がやってきたことの結果なんだから、最終的には自分の責任として受け入れるしかないと思うよ

些細な口出しで「嫁いびり」だとか言われたんなら、要は嫁をいびるようなことをする人間だと思われてるってことじゃないか。自分がどういうつもりだったかは関係なく、そういう事をしかねない人間だって思われてるってことだろう

人間はそう簡単に変わるものじゃない。嫁の所為で変わってしまったとか思うかも知れないが、それは多分元々そう思ってたのが表面化しただけだと思うね

だからまあ、俺は自分が歳を取ってから子供達にどう思われるか、それは覚悟してる

俺の実父が俺にやったこととは全く違っているが、所詮は手探り状態の暗中模索だったから必ずしも全てが上手くいったわけじゃないだろうし、自分でもあれは失敗だったと思う事はいくつもあるから、それを子供達がどう評価するかはその時になってみないと分からないし

でもいずれにせよ、覚悟だけはしておきたい。もっとも、そもそも子供達の世話になるつもりもないから別に不安はないが、もし疎遠になってしまったら孫の面倒を見にくくなるだろうしそれはちと困る

けどまあ、思春期の娘に毛嫌いされてないという時点でかなり上手くいってるとは思うけどね。あと、ダンスィ全開の時期の息子が高圧的に命令しなくても言う事を聞いてくれるというのも良い傾向だと思う

ま、親に反抗的になってハングリー精神みたいなものを見せてくれるくらいの方が、勝負事を基本とした職業とかには向いてるのかも知れんけど、柔和で調整型の人間だって社会には必要だろうから、うちはこの方針で行くさ









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 ひと昔前までは「嫁姑の確執」などという言葉をよく耳にした。そうした関係は今どうなっているのか? 神..........≪続きを読む≫