結局、去年も「大掃除」というものはしなかったなあ | 錆鼠熊のブログ

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自戒を込めて

掃除や片付けは、「今日はここを念入りにやる」っていう形をほぼ毎日ローテーションでやってるから、特別な「大掃除」というものはうちではやらない

むしろ寒い時期はいろいろと掃除がやりにくいから、春や秋の気候のいい時にしっかりやるようにしてるんだよな。もっとも、それもあくまで「俺としては」だが

なのに、妹からすればそれでも不十分と感じるみたいで、時々まとめて掃除されてしまう

別に埃が溜まってる訳でもカビが生えたりしてる訳でもないからそこまでやらなくてもと思ったりはするんだが、その辺はやっぱり肉親といえど別の人間だから見え方が違うのかも知れんなあ

そういう時に、改めて自分が見ている光景と自分以外の人間が見ている光景とは必ずしも同じではないという事を思い知らされるよ

だから俺は、他人が自分の思っている通りに振る舞ってくれなくても、そのこと自体で腹を立てたりしないでおこうと自分自身に言い聞かせてる

他人の振る舞いにいちいち憤るのは、結局は自分の考えで他人を型にはめようとしてそれが認めてもらえないことに対して自分勝手に腹を立ててるだけに過ぎんし

ま、何度も言う事だが、その辺は「お互い様」なんだよな。自分の振る舞いに対して他人が感じてることを何もかも受け入れて合わせることは出来んだろ? 自分が出来ないことを他人に求めるなぞ、ムシが良すぎるってもんじゃないか

しかし、さすがに自分以外の人間に自分の家の中を好き勝手にいじられるのは業腹なんで、勝手に物を捨てたり配置を変えたりするのは勘弁してほしいと念を押してはいるが

嫁さんともあったことだが、俺が必要だからと取ってあったテキストを断りなく捨てられた時にはさすがにイラッと来て少々態度が刺々しくなってしまったこともあったから、同じ失敗をしないように心掛けているんだよな

ここで、「家族とはいえ勝手に物を捨てるのは良くない」と言ってしまうのは簡単だが、そうすると今度は「大事なものは分かるようにきっちり保管しておくべき」だとか「思い切って捨てていかないと物が増えすぎて片付かなくなる」という反論が必ず出てくるんで、いつも同じ展開になるから時間の無駄なんだよ。だから最初から「勝手に捨てない。捨てる時は必ず本人に確認を取る」という事を決まりごとにしてるのよ

決まり事として周知しておけば、「破った方が咎められる」で済む話だし。もちろん、決まり事を作る時はきちんと合意を得た上でだけどね。自分だけが勝手に「決まり事」だと思ってるだけじゃ、それがまた面倒の原因になるし

法律だってそうだよ。すでにある法律に反することをすればそれなりの報いは受ける。法律の方が現状に即してなくて無理に守る方が大きな不利益があるとか危険だとかいう事になれば、きちんと手続きを踏んで変えていけばいい

時々、法律なんかについてその正当性とか憲法に照らし合わせてみてどうとかいう裁判が起こされたりするが、それもそういう手続きの一つだろう

その種の裁判を起こすことを批判する人間もいるが、それは結局認められた権利の行使でしかない。他人がそれを止めさせることは出来んさ

その訴えに合理性や正当性があると評価されれば認められるし、なければ却下される

それだけの話だろう