「自然の摂理」という事を楯にして同性愛は認めないと言うならもうその根拠は失われつつあるように感じるが、宗教的な価値観というのになると、これはもうどうにもこうにもその人の考え方ひとつになってしまうよなあ
宗教上の教義として同性愛を認めてないのはよくあることだとは思うが、それをどこまで固持するかは、最終的には個々人の問題だからね
ただ、信教の自由は保障されるべきとは思うものの、それを他人に押し付けられると話がこじれるんだよな
この担当者にしたって、本人が宗教上の理由で同性を好きになったりしないというのはもちろん自由だと思う。しかし、同性婚を認めてる州の行政の一員として、あくまで業務の一つでしかない証明書の発行を拒むというのは、自らの権利ばかり主張して他人の権利を蔑ろにしてる気がするよ
最高裁の決定にも従わないというのは、「自分が信じる教義の為なら法律は無視していい」という発想にしか見えんし、法治国家で生きる上においてそれはマズかろう
俺も、正直同性愛そのものは理解出来んし自分がそうなろうとは思わない。だが、だからといって同性しか愛せない人間を否定しようとも思わん
受け入れられないなら無理に受け入れる必要は無いだろうし、どうしても嫌悪感が消えないなら無理に消す必要も無いとは思う。でも、それを理由に他人の存在そのものを否定するのはどうもね
なにしろ、個人的な好き嫌いを理由に他人を否定することを許すのなら、他人が自分の存在を否定することも許さなきゃと駄目だと思うし
自分の存在を否定されたくないのなら、他人の存在も否定しちゃ駄目さ
また、子供が出来ないことを理由に同性婚を認めないってのも、不妊の人も結婚出来んことになるし、子供を作る気が無い人間も結婚しちゃ駄目だってことにしなきゃおかしいだろう
だいたい、人間は子供を作る道具じゃないってのが今ではもう一般的な認識だろう? じゃあ、異性を愛せない人間に異性婚を強要することも的外れとしか思えんね。何故好きでもない相手と結婚しなきゃならんのだ? ましてや好きでもない相手と子供を作るなんて、一体何の拷問なのやら
人間は数が増えすぎた。本当に同性愛者が増えているんだとしたら、もしかしたらその辺も影響してるのかも知れん
好きな人との結婚を認める事で徐々に人口が減っていくのなら、むしろ好ましいことかも知れんね
とは言え、先進国ではあまり急激に人口が減られても困るから、子供を産みたいと思ってる人間に対して国の支援が増えるのも当然だろうけどね
同性婚への証明書拒否=郡担当者「神の権限」で認めず-米南部
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