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道産子バックパッカー≪ 欧州一人旅 ≫ ~株投資スタート~

ご訪問ありがとうございます。

2007年10月28日から一ヶ月間、
ヨーロッパ旅行に行きました。

今は営業マンしながら、株にはまってます!

 さて、今回はナポレオンが、(深く)愛した女性のお話です。

ナポレオンに関った女性といわれて、一番最初に浮かぶのが、そう。

ジョゼフィーヌことナポレオンの妻です。


まず、ジョゼフィーヌとナポレオンが出逢った頃、

彼女には二人の子供(14才と12才)がいましたさくらんぼ

そんなジョゼフィーヌは社交界の花形であり、左矢印一応

貴婦人特有のツンと澄ました様子が無く、

気だるく、エロティックな雰囲気を醸し出していましたワイン

杉本彩みたいなはてなマーク


そして当時、名は通っていたけど、女性に対して臆病であったナポレオンは、

そうした彼女の優雅な仕草にドップリと、

底なし沼に落ちたように、のめり込みました恋の矢

底はあったけど。笑


一方彼女は、今売り出し中の青年将校を

「とりあえずは網にかけておきましょ」、

程度にしか思っていませんでした。

まあ、その頃のナポレオンは今で言う、

小島よしお君的なポジションだったわけですね。


そして遂に、ナポレオンは念願のジョゼフィーヌとのmake ラブを果たします。

そして、ななななんと、その翌日手紙で告っちゃいます。

告るといっても、ただの告るではありません!

結婚を申し込んだんです宝石白

はえ~な、おい。

しかし、当時戦いで大忙しだった彼にとっては、

一刻も早くこうしたかったんでしょうね。


それに対し、ナポレオンのことを好きでも嫌いでもなかった

ジョゼフィーヌは、「子供も二人いるし、ここらで妥協するか」

みたいなノリで結婚しちゃいます。そんなんでいいのかな.......

と思いますが、結果は、


いぃ~んだよビックリマークgreenだよ

この結婚は両者にとって大成功っす祝日


しかし、結婚後もジョゼフィーヌのナポレオンへの気持ちには変化なしくもり

どんなにデレデレの愛の手紙を書こうと、

どんなに戦争で功績を挙げようと、

ジョゼフィーヌはナポレオンに目もくれません。

何でかな?

それには納得のいく理由があります。


実は、ジョゼフィーヌには愛人がいたんです。

しかも周りも知っていました。

なぜそんな堂々と?

それは当時、貴族間での結婚は家を守るためのものだったからです。

そのため、夫は夫、妻は妻で、別に愛人が居ました。

それについての実話を少し。


ある日、貴族の夫は妻が自宅に愛人を連れ込んで、

如何わしい行為をしている現場を見てしまいます。

普通なら、「てめ~この野郎むかっ」って怒り出しそうですが、

その夫は違いました。ほっとした顔で、

「見つけたのが私だったから良かったものの、

他の人に見つかったら大変だよ。気をつけてね。」と言ったそうです。

つまり、浮気はいいけど、妻の不貞が世間に知れて、

家名に傷が付くのはダメだというんです。

なんか、ひねくれた子供が育ちそうな環境ですね。


で、なぜジョゼフィーヌがナポレオンを愛さなかったかというと、

初めての結婚のとき、ジョゼフィーヌは前の夫にベタ惚れしていました。

しかし、貴族間の結婚で妻が夫に恋するのは育ちが悪いとされ、

彼女は前夫に疎まれました。

それで、ジョゼフィーヌの結婚観が変わっちゃったんです。

ある意味可哀想なのかもむっ



しかし、そんなジョゼフィーヌですが、ある日を境に大変身しますNEW

それはエジプト遠征中だったナポレオンが妻の浮気を確信し、

離婚を決意して、帰路についた日でした。


帰宅後、彼はジョゼフィーヌの荷物を全て家から出して鍵をかけます。

この頃、ようやく夫の偉大さに気づいたジョゼフィーヌは、

二人の子供とともに、玄関前で泣き崩れます。

すると何時間もたって、ドアがカチっと開きました天使


そこには、目を真っ赤に晴らしたナポレオンが立っており、

これで二人は夫婦らしくなるんです。

そして、人を動かす技術に定評のあったジョゼフィーヌは、

あらゆる人とナポレオンを繋げていきます。

こうしてナポレオンとジョゼフィーヌは、

仲良く結婚生活を送っていきました。

おしまい。




というわけにはいきません!!

今度はナポレオンの逆襲が始まるんです。

そう、彼は歴代フランス君主プレイボーイランキングのトップ3に入る強者。

関係をもった女性の数......100から先は覚えてねえ。


まあ、体の関係だけなら、しゃーないといえなくもないです。

皇帝ですから。

しかしある日、それまで子供を作れなかったナポレオンが、

愛人との間に子供が生まれます。

すると、それまで自分には子供ができないと悩んでいたナポレオンは、

悩みに悩んだ末、後継者欲しさに、ジョゼフィーヌと離婚ハートブレイク

本当はジョゼフィーヌを愛していたけどしょぼん


この離婚で、ジョゼフィーヌはHPーゼロになるほどの

大ダメージを受けますが、娘からのケアルガ(励まし)によって、

一命を取り留めます。

そして、この離婚の最大の被害者は実は.........

続きはWEBで。

明日の夜23:59までにUPします。多分









三人目の女性は(フランス史上最も?)頭脳明晰で気の強い、

スタール夫人(ジェルメーヌ)です。


どのくらい凄いかというと、この時代女性が自分の名前では、

堂々本を出せなかったんですが、スタール夫人はやっています。


彼女は、たいそうなお金持ちの家に生まれ、求婚者が後を絶ちません音譜

その中から選んだのが、駐仏大使のスタールです。

しかし、この結婚は夫が金目当て、妻はパリでサロンを開くという

自分の夢実現の邪魔にならない相手を選んだだけDASH!

形の上で、この結婚は失敗に終わります。


そんなスタール夫人が恋焦がれた人物。

それが当時、連戦連勝によってヨーロッパに名を轟かせていたナポレオン

「この男だ」と思ったスタール夫人は、ナポレオンに何度か手紙でアタック。

ナポレオンは妻にベタ惚れで無視。

ちなみに妻ジョゼフィーヌとスタール夫人は知人同士だった。

が、そんなん関係ねえ~グー

とばかりに、今度は自宅にまで押しかけちゃいます。


そしてそんなアタックが暫く続いた後、次第にスタール夫人とナポレオンは

政治的に対立するようになります雷

すると、スタール夫人は愛人の政治家を通して、ナポレオンを攻撃します。

それに対してナポレオンは、うっとーしーので夫人を国外追放にします。

これで一安心星と思いきや、

今度は外国から外交的な圧力をかけてきます。


このためナポレオンは、この世にたった二つの怖いものとして、

イギリスとスタール夫人 をあげています。

※陸の戦いでは無敵のナポレオンも海は苦手なので、イギリスには苦戦してた

これこそまさに、愛が憎しみに変わる恐ろしさ

表しているんじゃないでしょうか。多分

次に二人目の女性、

それはタリアン夫人(テレジア)です。


テレジアは、スペインの銀行家の娘で、

子供の頃から妖しい色気で男たちを惑わせていたそうです恋の矢

そんなと~っても美人な彼女は14歳でパリで結婚しますが、

革命を期に5年で離婚。

離婚後はボルドー(ワインで有名)に移り住み、そこでも男たちを虜にします。


しかし!

毎日楽しく遊びまわっていたテレジアはある日、

パスポート不保持で捕まってしまいました

元侯爵夫人ということで、反革命派だとみなされた彼女は、

もしかしたら処刑されてしまうかも。


しかし、このときボルドーで絶対的な権力者で、

以前テレジアに一目惚れしていたタリアンに釈放されました。

その後、テレジアタリアンだけでなく、

ボルドーの名だたる革命家を骨抜きにしてしまいました。


そのため、命の危険を感じたタリアンテレジアはパリに雲隠れ。

だが、テレジアは捕まってしまい、もうすぐ処刑されることに....

ここで、タリアンがクーデターを起こし、二度目のテレジア救出に成功します得意げ

そして、一躍大物政治家へと上り詰めたタリアンテレジアと結婚します。


こうしてテレジアはパリの社交界に、女王の如く君臨します。

一方、ナポレオンは当時将軍だったのですが、クーデターでボロボロに。

このとき既に子供のいた彼は、家族への仕送りで精一杯。

朝飯なし、昼コーヒー一杯で、夕方までひたすら空腹に耐えていました。


また、タリアンはめまぐるしく変わる政局についていけず、没落し、

二度も命を助けたテレジアに見切られてしまいましたしょぼん

そのテレジアは、タリアンの革命仲間で勢いのあるバラスの愛人になります。

このバラスは、ナポレオンの軍事的才能を買っており、

ナポレオンとテレジアはパリの社交場であるサロンで出逢います。


出逢いというと素敵なイメージを持ちますが、

この二人の場合、ちょっと違います。

ある日、ナポレオンはファッションリーダーでもあったテレジアに、

新しい軍服を頼みます。

※このときのナポレオンはまだ貧乏


そうして軍服は手に入れたんですが、そのことを皆の前でバラされ、

ナポレオンは笑い者にされました。

また、求婚もしましたが、鼻で笑われたそうです。


そのことを根に持ってか、ナポレオン法典には、

「結婚式の際、女性は男性に対しての劣等性を忘れず、

夫への服従を誓わなければならない」としています。

つまり、法の女性に対する厳しさは、テレジアからきているんです。多分







さて、段々本を読むのが楽しくなってきました。

今回は、ナポレオンに大きな影響を与えた、

三人の女性のお話です。


ナポレオンの運命に欠かせない女性の一人目!

それは、母のレティチア


ナポレオンはレティチアを『島で評判の美人だった』

『私の教育の根本を作り上げたのは母である』

『正しい判断力が備わっており、王国一つを統治できるだろう』と

称しています。


彼女は気丈で、躾は非常に厳しかったようですショック!

その教育方針は、

・嘘や誤魔化しを許さない

・子供の好きなことはとことんやらせる(長所を伸ばす)

・弱い立場の人を蔑むことを許さない

(足の悪いおばあちゃんの真似をしたナポレオンは、

赤く腫れるまでお尻をペンペンされたパンチ!)といったものでした。


また、先を見通す力にも優れており、ある時ナポレオンが、

『皇帝の母らしく宮殿に住みなさい』といって渡したお金をお金

ほとんど貯金していました。

そのおかげで、ナポレオンがセントヘレナ島に流されたとき、

子供たちや家臣団、使用人の援助に使われたそうです。


そんなレティチアはナポレオンから大変尊敬されており、

ナポレオン法典において、その影響が現れます。

それは、女性にはほとんど認められていなかった色々な権利が、

母親になると認められていたことです。

その内容は明治民法を上回っていました。

つまり、母親なくしてナポレオンの道徳観念は生まれなかったのです。多分




学校の図書館で、ナポレオンの本を借りてきました。


旅行先の歴史や文化を勉強してから行くと、一段と楽しめますよね?

ミケランジェロ広場でヘップバーンと同じアイスを食べたり、

ベルサイユ宮殿でマリーアントワネットの豪遊を想像したりワインワインワイン

とにかく、妄想家には必須の準備です得意げ

そこで、欧州歴史上、最も興味のある人物の本を選びました。

その中身を連続ブログで紹介します。


ナポレオンは、コルシカ島(イタリア)という島で、

小さな貴族の家に生まれました祝日

オギャー!

けど、イタリアがコルシカをフランスに売却して、

何ちゃってフランス人になっちゃっいました。


そして彼は、コルシカから本国フランスへ留学していたため、

小さい頃、名前がイタリア風で、『変だ!』

などといって虐められていたとか。

可愛そうに。

また、最後までフランス風の名前に変更することを

躊躇っていた位、フランス嫌いだったみたい。

ま、これは祖国が好きだった証でしょう。


でも、そんな人がフランス革命で国王を追放して、

自分が皇帝になっちゃうんですから、

長~い人生何が起こるかわかりませんよね星


次は女性関連のお話です。

目次を見る限り。

乞うご期待☆



しないで。

多分面白くない文になります。

僕、思いついたことをひたすら書くんで、

作文が苦手なんです。

じゃあブログすんな!

って話ですが、ミーハーなんで、

新しいことには積極的にチャレンジします音譜


これからもよろしくお願いします。