今回は、2回ほど前に予告?した通り、
ビデオニュース・ドットコム の今週の丸激、
『私が脳死移植に断固反対する理由 』を観て?の主張です。
(ゲストは東京海洋大学教授の小松美彦さんでした。)
といっても、元々自分が持っている臓器移植に関する主張がメインなので、
正直、今回の丸激に沿った話かと言われると非常に疑問なので
先にその点だけは断っておくですが(・ω・)
そう…丸激の内容で一部、気になった部分があるのですが…
脳死体から臓器を取り出す時に(大抵通常の死体であっても)
麻酔を掛けないと筋収縮が起こってドナーが飛び跳ねたり、
メスを入れると血圧が変わったりするのって
当たり前の話ではないのです?(・ω・`)
いや、そんな全く反応しない死体なんて…
新鮮な臓器とれない気がするんですがw
あれです!低周波治療器とかで電流流すと
自分の意思と無関係に筋収縮が起こるですよね?
単にそれだけのことなんです/nod
侵襲が加えられた部分が新鮮なら、当然起こる反応なのです。
まぁ、その辺の話は置いておいて、本題に入るです。
現状、脳死移植に関する法改正が進められており、
臓器移植に利用可能な脳死体を十分に確保するため
・一律に脳死を人の死とする。
(現在はドナーとなる場合のみ脳死が人の死となっています。)
・本人の同意なしでも、家族の同意のみで脳死ドナーとする。
(現在は本人の同意+家族の同意が必要です。)
・12歳以上であれば脳死時ドナーとなれるようにする。
(現在は15歳以上です。)
こういった方向に動きつつあります。
とりあえず、これはマズイ!/panic
というのが今回の丸激の大きな主張でした。
当然それに関する社会的な話がメインになっていましたが、
まぁ、これに関しては気になる方は丸激を観てください(・ω・)
1か月525円で観られるのでかなり安いと思いますが…
あんまりにもnaiveな方には無駄な投資になるので勧められませんw
いや、ここまで読んだ方は該当しなそうですが/huh
まずこれに関する自分自身の意見ですが…
移植可能な貴重な臓器という商品が
日々失われていることについて勿体ないと思っている事は確かです。
移植を求める患者さんが海外で移植を受けて、
少なくないお金を消費していることも、非常に残念なことだと考えています。
しかし…大きな意識の変革でも無ければ、
恐らく一律脳死+家族のみでもOKにしても
期待しているほどには臓器提供者は増えないのではないかと思います。
従って、現行法の「三徴候死+移植用の脳死」で行くべきだと考えています。
脳死を一律に人の死としても
単に個人のフリーハンドを減らすことにしかならないですから/nod
では、どうやって移植用の臓器を確保するかという話になるわけですが…。
(ここからが自分の個人的な意見です(・ω・)/point)
ドナーに十分な利益を還元するべきです。
死体移植、脳死体移植、生体間移植、どれについても言える事です。
まぁ、当然その場合は本人の生前の意思表示と
家族(遺族)の同意が必要ですが。
え?現状の移植が善意で成り立っているのを
そんな形にして良いと思っているのかですか?(・ω・)
あー死体移植と脳死体移植はそうなのかもしれないですが…
生体間移植では移植先が指定されている以上、
最近問題になったような利益の授受がないなんて…
いや、素直なのは良いことですよ/laugh
話を戻すですが、実際問題として実は移植自体の数は増えているのです。
特に腎移植で顕著ですが、死体移植・脳死体移植は殆ど横這いなのですが
生体間移植が急増しているのです/point
敢えて穿った見方をしますが、
「(レシピエント指定の)受益者がハッキリしている移植は増加している」のです。
誤解を恐れずに敢えて言うですが、
遺族が、故人の身体を傷付けられる事を乗り越え、
精神的・物質的両面共に満足を得られるようなシステムが無ければ
単純に一律脳死にしても有効なドナーの数は増えないです。
当たり前の話ですが、そこに需要が存在する以上、
合法でないマーケットが生まれる(生まれている)のは当然の事です。
しかし、諸外国で問題になっているようにこういったマーケットは
非常に大きな問題を孕んでいるのも間違いないのです。
そういった問題をコントロール可能な範囲内に納めるためにも
一定の権力をもった(出来れば国の出先機関のような)機関を介した
一部のお金のある人間だけが移植を受けられる様な状況にならないような
システムを作るのが良いのではないでしょうか?
ここで、ちょこっと少ないと思うぐらいの利益を保障してやれれば
脳死体移植・死体移植は増加すると思うのです/point
このシステムの最大の要点は、
・実際にドナーの数が増えるであろうこと。
(精神的・物質的両面共に満足を得られるような
微妙な匙加減は難しいかもしれませんが)
・個人の選択肢を損なわないことを担保できること。
この2点です。
自分としては、「個人の選択肢を損なわないことを担保できる」
というのが最も重要なことだと思っていますが。
もし仮に、現在目指されているような形の法改正で
ドナーの数が十分に確保出来る!という状況が生まれたとすれば、
それは恐らく…
「脳死体移植のドナーになることを拒否することは
倫理的にみて許されない行いである」
といった世論が形成されている可能性が高いと思います。
本人の意思提示が必要なくなって、
脳死が万人の死となった程度でドナーの数が増えるのならば、
現行法であっても、既に増えているハズです。
そうでない以上、ドナーになることを拒む事が不利益になるから
(仕方なく)ドナーになる、ドナーにするといった状況が必要なのです。
しかし…そのようなnegativeな選択は健全なのでしょうか?
自分は、仮に金銭の授受があったとしても、
まだ自分の意思によりpositiveになされた選択の方が
健全なのではないかと考えます。
当然、この場合はドナーにならないという選択肢も
選びやすくなっているでしょう。
変えようのない事実として、ドナーの不足がある以上、
それに何らかの対応が必要なのは間違いありません。
臓器を造る技術が発展してきたらそちらに乗り換えれば良いでしょう。
しかし、現在その選択肢は無いのです。
従ってドナーを増やす努力が必要です。
だからといって、ドナーにならざるを得ない様な状況に
追い込もうとするのは間違いなのです。
最後になりますが、
臓器提供意思表示カード(ドナーカード) を持ちましょう!
自分も持っています。
自分自身は、しっかり考えて、
「3.私は、臓器を提供しません。」に○をつけています。