今日は、C介さん からオススメされていた、『夕凪の街・桜の国 』のレビュー?なんです。
知ってる人は知ってるでしょうが、
不用意なことを書くと、社会的に抹殺されてしまいかねない
原爆ものなジャンルなんです(・ω・)
え?読後感ですか?
んー予想していたのに比べれば、ずっと明るくて、ほのぼのしたストーリーだったんです!
殆ど伏線がない話なので、悲惨さとか、暗くじめじめした感情からは
ちょーっと離れすぎてる感があるのが勿体ないんです。
いや…もしかすると、これはほのぼのものだったりするのかも知れませんが;;
と、ここまで書いて、きっと原爆云々に関して
いろいろ思うところのあるひとは、反感を覚えるかも知れませんが…。
自分、常々思っていることがあるのですが、
日本の教育?というか戦後のヒトの育成の上で最大の問題点がここには隠れてると思うのです。
自分たちの世代には、あるものが決定的に欠けています。
日本はWW2で敗戦国になったわけですが、
米国に対する、恨み辛み、悪意、殺意、そういった記憶を
下の世代にしっかり引き継げていってないのです。
え?そんな記憶はいらないですか?(・ω・)?
そういう敗戦の記憶(記録でなく)が引き継げてないから、
原爆はどこまでいっても他人事なんですよ?w
まだ被爆者が、同じ国民の中に存在するのにもかかわらず、
自分たちのような若い世代は、かなり高率に『自分たちが』米国になにをされたのか、
そして何を思ったのか、判らないんです。
これは生のドロドロした記憶を下の世代に引き継いでいこうとしなかった
今では高齢な方々の罪だと思うんです。
下手をすると、広島長崎の原爆の話より、
アメリカの旅客機テロのほうが痛ましく思ってしまうひともいるんです。
いや、だって『広島長崎の原爆なんて、教科書に載ってるから覚えてるだけで
それ以上でもそれ以下でもない』ですから(・ω・)
そういう事実があったということだけは記録されてるですが、
どういう感情を抱いたのか、記憶をヒトとヒトとの間で受け継いでいけてないんです。
これは日本→米国な話だけじゃなくて、
何で中国とか韓国の若い方が、
日本に対してああも嫌悪感を露わに出来るのか
すんなり理解できないのとか、そういう所にも現れているんだと思うのです。
さらにぶっちゃけると、
日本人が中国や韓国の人間に対して、そういった嫌悪感をもてていないのも
おかしな話だと思うんです。
あ、ちなみに誤解を避けるために書いておきますが、
自分は決して悪意を、記憶をしっかり受け継いで
劣化させないことが重要だとは言ってないんです。
世代を経て、どんどん新しい関係や出来事にあわせて
そういう感情?記憶?に折り合いをつけて、良い関係に発展させていくのは良いと思うのです。
当然、その過程で出来上がった良心?とか良い記憶も受け継ぐ必要があるです。
ただ、多分もう既に手遅れですが、
自分たちは受け継いだ記憶を受け入れながら、
新しい関係を周囲の国々と作るということが出来てないんです。
記憶を受け継がなかった故に、何も知らないだけな状況になっちゃってるんです。
まぁ、ぷちまとまりを欠く文章になってしまったですが、
黙して語らずは、決して美徳じゃなくて、
語られなかったものは馬鹿にしかならなくて。
知らせなかった(戦時な世代の)罪と、知らずに来た(戦後な世代の)罪と、
そういう罪が存在するんだってことを
自分たちは忘れちゃいけないと思うんです(・ω・)