先週末、ある体験を通して「真の国際性とは?」と考えさせられたので、そのことを少しシェアさせてください。

 

パートナーの実家があるスイスの田舎町へ行ってきました。ご家族やご近所さんが集まるBBQパーティー、そして翌日はお兄さん主催のハイキング&ランチ。和気あいあいとした週末になる…はずでした。

でも、私にとっては正直、ちょっとつらい2日間でした悲しい

私のフランス語はまだ初心者レベル。

片言でなんとか意思疎通ができるかどうか…という段階です。集まったのはずっと地元に住んでいるスイス人たちで、英語が話せる人はごく少数。

みんなフランス語で地元の話題に花を咲かせていて、そこに入っていくのは簡単ではありませんでした。

「せっかくだし、何人かとはお話できるかな」と思っていたのですが、外国人の私とは数言交わしてもすぐにフランス語の輪に戻ってしまい、私はただ座っているだけ。そんな時間が2日間続きました。

 

思い出したのは、シンガポールでの暮らし。

18年間、多国籍な人たちと日常的に関わり、新しく来た人がいたら自然と輪に入れて会話に誘う。

そんな空気が「当たり前」でした。

最初は私も、温かく迎え入れられた一人。

その経験があったからこそ、後に自分が迎える側になった時も、誰かが孤立しないように気を配っていたつもりです。

 

だからこそ、今回の体験は、ちょっとショックでした。

もちろん言葉の壁があるのは分かっています。

でも、英語ができる人がいても、誰も私との会話を続けようとはしませんでした。

関心がないのか、話しかける余裕がないのか…。

日曜の夜に家に戻った時には、悔しさと寂しさで、涙がこぼれました。

 

「国際性」って、ただ複数の言語を話せることじゃない気がします。

自分と違う文化を持つ人に対して、興味を持つこと。

理解しようとすること。

輪に入れようとする姿勢や、心の余白。

そういったメンタリティも、国際人として大切な要素なのではないかと、改めて考えさせられました。

 

地元にずっといて、自分の生活圏だけで完結している人にとっては、外から来た外国人の存在は「自分とは関係ない世界の人」なのかもしれません。

そこに「いないもの」として扱われるのは、なかなか堪えるものでした。

 

パートナー自身も多国籍の環境に住んだ経験があるので、彼の地元の人たちの態度を見て、ショックを受けていました。

悪気がないのは分かっていても、「そこにいないかのように扱われること」のつらさを、今回は身をもって感じました。

 

この体験は、これからの自分にとって大切なリマインダーにもなりました。

誰かが新しい場所に来たとき、もし自分が受け入れる側の立場になったなら、私は絶対に無視しないようにしよう。

輪に入れて、目を見て、少しでも声をかけるようにしよう、と。

他の文化の人にも興味を持ち、知ろうとする姿勢。それも「国際性」なのかもしれません。

あなたにとっての「国際人」とは、どんな人ですか?