昨日は東大数学にはまって過去問の易~標準を4題解いた。
二次方程式x^2-4x+1=0の2解α,β(α>β)について、
α^2003+β^2003が整数でその一の位が4であるときα^2003以下の最大の整数の1の位を求める問題があった。
これはよく考えるとβが1より小さい正の数(2-√3)なので0<β^2003<1であるから
α^2003+(0より大きく1より小さい数)が整数で一の位が4だということ。よってα^2003自体の一の位以下は3.99999......となるので答えは3とわかる。
2003乗もされているので、その数を直接求めるのではなく累乗されている数の性質に気づかないと解決が難しい問題だった。気づけば全然難しくはないので難易度は標準ということだろう。
その前に祖師ヶ谷大蔵で下車して少し泳いだのだが、バタフライの息継ぎが楽しいほどできるようになって達成感ありすぎた!笑
昼食としてから揚げの天才で399円(税抜)の唐揚げ弁当を買ったら美味しくてまた買いたいと思った。お茶の水のテング酒場のものより大きめの唐揚げが3つ入ったお弁当で、値段の割にお肉が多くて良い。
午後は先ほど16:30に3号館の自習室を追い出されるまで世界史の論述を書いたら駿台の世界史問題集欧米編がすべて終わった。
あとは大量の「添削天国」とアジア・アフリカ編の問題があるのでそれを終わらせなければ!と思って1号館の自習室に初めて来てみた。しかしここまで人でいっぱい(ウィーン会議1814年、ウ~ン会議は人でいっぱいよ)とは思わなかった。密の極み乙女なのでとりあえずこの記事だけここで書いて、今から別の自習室か家で勉強しようと思う。電車で正誤問題も作りたいし。
今雪が降っていてきれい。浪人始めた時に一回降ったきりじゃないかな。受験の日はやめてほしいが基本的に雪が降るとテンションがあがる笑。
最後に正誤問題、たくさん作れたので6問、解答つき
①漢代の歴史学を代表する司馬光の『資治通鑑』は,君主の統治に資することを目的に書かれた編年体の通史である。
②水墨あるいは淡彩で自由な筆さばきをたっとぶ院体画は,対象のたんなる模写ではなく,観察をつうじて作者の心がつかみとった自然の生気をうつし出そうとするものであった。
③宋では訓詁学にかわって,経典全体を哲学的に読みこんで宇宙万物の正しい本質(理)にいたろうとする宋学がおこった。朱熹が創始したため朱子学ともいわれるが,大成したのは周敦頤であった。
④チンギス=ハンは西夏を滅ぼしたナイマンおよびホラズム=シャー国を倒して西北インドに侵入した。西遼にも遠征したが,その陥落前に亡くなった。
⑤王実甫による恋愛物語である『西廂記』や後漢の豪族生活を舞台にした高明による『琵琶記』が,元代の戯曲である元曲の代表作として知られる。
⑥イル=ハン国はその初期にネストリウス派のキリスト教を保護し,ヨーロッパのキリスト教諸国やローマ教皇庁と使節を交換していたが,これがきっかけとなって,13世紀末にプラノ=カルピニが派遣され,大都の大司教に任ぜられた。中国でカトリックが布教されたのは,これがはじめてであった。
①✕
『資治通鑑』は宋代。
②✕
「水墨あるいは淡彩」は文人画。院体画は宮廷画家を中心とする写実的なもの。
③✕
北宋の周敦頤に始まり、南宋の朱熹が大成した。
④✕
大モンゴル国は西遼を滅ぼしたナイマンおよびホラズム=シャー国、西夏を滅ぼした。チンギスは西夏の都興慶陥落前に死んだ。
⑤◯
⑥✕
大司教として中国初のカトリック布教をしたのはモンテ=コルヴィノ。
私立受験までに「世界史であそぼ」1周したい。
明日も頑張ろう!