この前練習にOBが来て、「こうなれ」という選手像を示してきた。そのことが地味にプレッシャーとなり、ここ数日いつも思考の片隅で心を苦しめてくる。人の発言は些細なことでも心に残るときがある。
最近練習も忙しくて、「人のため」の行動が増えている。そう考えると、自分というものがなくなりそうでつらいわけだ。
ここで、「自分のため」というエゴイスティックな捉え方を導入してみる。なぜきついのに部活をやっているのか?という問いに対し、「チームのため」ではなくて、「自分の楽しみのため」と動機を自分に向けるだけで、少し心が軽くなる。
献身という単語はよく歓迎されるけれども、完全に利他的というわけではなく、献身した自分への満足という側面もある。人のためにやってあげている、と思うと大変そうだが、それは自分のためでもあるのだと感じる。