本日、Casinoに行ってみました。


Las Vegasは、Casinoがあるためにホテルの宿泊代や食事代は他の地域より安いそうです。


さてさて、我が家に伝わる"教え"通りにCasinoに挑戦してみました。


結果としては、勝っちゃいました♪


それも、結構な大当たり!


あまりの大当たりに、酔っ払いの外人さんに「Good Job!」と誉められた。


でも、小市民ゆえ掛け金が小さいので、金額は全く大した事ありませんが。。。(^o^;)


一方、目の前では、おじさんが$30,000位の札束を積み上げて、ルーレットに興じていました。どーなってんだ?とか思う。


今回、Casinoをしてみて思った事は、Casinoは、自分からは能動的に仕掛けられないという事。つまり、結果として負けるようになっているという事です。(そーじゃ無いかもしれませんが)


Casinoは、Gambleではなく、Gamingと呼ぶそうです。


やっぱり、Gameなんです。楽しければ良いという事ですよね?

昨日より仕事を再開致しましたm(_ _)m


日本の様に、年始の挨拶とかは無いので、いつもの様に仕事をしています。


結構、真面目に働いていますよ・・・多分。


という訳で、Conferenceに出席するために、本日よりLas Vegas出張です。


San Franciscoからは飛行機で1時間30分位だから、近いと言えば近いですね。


でも、飛行機の窓から外を見ていたら


「おー山には雪が積もっているなぁ」と思っていたら、


途端に一面の砂漠!砂漠!砂漠!


そして、砂漠の中に巨大都市出現!!


いやー、人間って凄いね~とか思う。


更に、Las VegasのMc Carran空港には、Casinoもあります↓流石、Las Vegas♪


Mc Carran空港


然し、今日ほど自分の遣り方に限界を感じた日はありませんでした。


自分の遣り方とは、見知らぬ土地に来たら、先ず自分の足を頼りに位置関係を把握する事。


最初は、地図を眺めて「大丈夫だろ~」とか思っていたのですが、


スケールが異常!道路のワンブロックが遠いのなんの(ToT)


目標とする建物は見えるけど、一生懸命歩いても全く近付いて来ない・・・明日以降考えねば。


でも、Las Vegasが面白い土地である事は確かです。


例えば、Conference会場付近では、プレスリー(ソックリさん)を見付けました。おいおい(笑)


プレスリーのソックリさん


また、Las Vegas Boulevard沿いにあるホテル群もテーマパークみたい。


ベネチアだったり


Venetian


パリ(エッフェル塔と凱旋門)だったり


エッフェル塔  凱旋門


中世ヨーロッパだったりします。


エクスかリバー


Casinoも時間があったら挑戦してみたいなあ。。。当然、仕事のあとで(^o^;)

本日4時30分起床でSan Franciscoに戻って来ました。


昨夜、スペイン語しか話さないフロントと、怪しげな英語を使う私の遣り取りで、空港までのタクシーをアレンジ。


些か不安ではあったが、無事にタクシーが待っていた。


朝早い事もあってか、異常に早く空港に到着。


「これなら、もっと寝れたのに・・・」とか思っていたら、空港はもの凄い人の数。


空港自体が機能的ではない気もするが、列を割り込んだの、割り込まないと、言い争う声が聞こえる。


ヘトヘトになってCheck Inして、航空券を良く見ると


「うん?あっ、ビジネス・クラスだ♪」


最近、よくUnited Air Lineに乗っている為か、勝手にビジネス・クラスになっていた。


人生初(恐らく最後)のビジネス・クラスに悠々と座ってSan Franciscoに到着。


Seat Number 1なんて、二度とないだろうなぁ~


と余韻に浸っていたら、雨天だったせいか、着陸後なかなか降りれない。


いやーな予感がする。米国では、ちょっとした問題が、連鎖的にひどくなるからねぇ(-o-)


と思っていたら、案の定、私他多数のトランクが行方不明。


結局、飛行機の到着が重なって、荷物を捌き切れなくなり、1時間待って違う場所から出てきたという結末。


更に、システム・ダウンの様子。ほら、予想通りじゃん。。。


こんなドタバタで、家に帰って来たのでした。



たった3泊4日のMexico旅行だったけど、非常に貴重な体験だった。


行く前はMexicoの事を全く知らなかったし、行ってみて分かる事/感じる事があった。


以前は、米国でGlobal Standardを身に付けるゾ!とか思っていたけど、最近はGlobal Standardって何だ?とか思う。


実は、大切なのはLocalizationなんじゃないかなぁ。


その国、その人を、如何に理解出来るかという事。


ビジネス的に言えば、日本製品を現地の人に受け入れて貰える様に工夫する、海外の製品を日本の人に受け入れて貰える様に工夫する事が、大事な気がする。


Localizationが大事だという事が、Global Standardなのかも知れないね。

本日は、早起きして郊外に向かう。


先ずは、メキシコ・シティから75km南にあるモレーロス州の州都クエルナバカ。


ここは、コルテスが街の中心部に館を建て、メキシコ南部征服の拠点とした所。そもそも、メキシコを征服する権利は、スペイン国王が保有しており、コルテスは見切り発車的にメキシコ征服を開始したという。つまり、コルテス自身、スペインに対する反逆者という扱いになっていた訳だ。それ故、コルテスはメキシコ・シティ征服後、スペイン国王に全てを献上して許しを得て、且つメキシコ南部征服の権利を与えられたという。


1.カテドラル
1529年にコルテスの命令で建造されたアメリカ大陸最古の教会の一つで、征服当初は先住民の反乱が頻発したため、教会というよりは要塞という外観。挙句に、教会なのにドクロマークが付いている。何と言うか…

カテドラル


建物の中には、1597年に豊臣秀吉の命により長崎の西坂で処刑された日本26聖人殉教を描いた壁画が残っている。日本から遠いメキシコで、このような壁画が描かれるとは、如何に衝撃的な出来事だったか計り知れる。



続いて、メキシコ・シティから170km南西にあるタスコに向かう。

ここは、18世紀に銀鉱山の町として栄えたが、それ以外の産業が育たなかったため、狭い傾斜地帯に赤い屋根と白い壁のコロニア調の古い町並みが残っている。


2.サンタプリスカ教区教会
1743年に鉱夫ボルダが大銀脈を発見して伝説的な「シルバー・ラッシュ」となって、街が一気に拡大。最盛期は、トロッコ一杯から32kgの銀と12kgの金が採れたという。その鉱山王ボルダは「神はボルダに富を与え、ボルダは神にこれを捧ぐ」と言われるように、その富を街に全て寄付して教育や豪華なサンタプリスカ教会を残した。


サンタプリスカ教区教会 サンタプリスカ教区教会内部


昼食までの時間に、市場を覘いてみる。


サンタプリスカ市場


食材屋で袋詰めにされたモノを、興味深く、よ~く見てみると、


「うおぉ!カメ虫だぁ!」


大量のカメ虫が、袋の中で動いているのです。


メキシコでは、カメ虫を磨り潰したり、場合によっては、酒のツマミとして生で食べるらしいですが、流石に、カメ虫は駄目だぁ(ToT)


昼食後、メキシコ・シティに帰ろうと車の待ち合わせ場所に行く。


然し、待ち合わせ時間になっても、車が来ない。待つ事1時間、やっと運転手が来た。


「おい、13時30分待ち合わせじゃなかった?」


「知ってるよ。だから近くで連絡を待っていたんだけど、連絡が無いから来てみた」


お~い。君の連絡先なんか知らないよ…。普通、決めた時間に待ち合わせ場所に来るだろ~、とか思うが、もう慣れたよ。


最近は、「その時に最善を尽くし、その結果に従うべし」という事を悟ったよ。問題が生じたら、そこで再度最善を尽くす。ジタバタしても仕方が無い。


メキシコ・シティに戻り夕食を食べに行き、ビールを頼んでみる。


日本で有名なメキシコビールは、Coronaだけど、現地で最も人気なのはBohemiaという銘柄らしい。なので、注文してみました。


Bohemia


すると、前で酒を飲んでいたオジサン二人が、声を掛けてきた。


「お前は、旅行者か?スペイン語を話せるのか?」


いい感じに酔いが回っている私は(酒は強くないからね)、遠慮なく英語で返す。


どうやら、一人のオジサンは、3年間三菱銀行に勤めて、2年間東京に住んでいたという。


そんなこんなで、メキシコの事、アメリカの事、日本の事などを話し込む。


とても親日的だったのが嬉しい。(基本的に、メキシコ人は親日家らしいです。一方、アメリカの事は大嫌い)


名前も聞かずに別れたが、こんな出会いも旅ならでは。一期一会って言うのかな?

明けましておめでとうございます。


本日よりMexico旅行スタート。


1.メトロポリタン・カテドラル

ラテンアメリカ最大級の教会で、メキシコにある全ての教会を統括する施設。コルテス(スペイン)がメキシコ征服後、カトリック布教の主座として1563年に着工させ1681年に完成したもの。元旦且つ日曜日という事もあり、信仰を捧げる信者の姿も見られました。

メトロポリタン・カテドラル


2.三文化広場

三文化広場とは、アステカ時代のトラテロルコ遺跡、16世紀建造のサンディエゴ教会、現代の高層団地が建っている事から"三文化"と呼びます。実は、この高層団地に三大テノールの一人ドミンゴの叔母さんが住んでいたそうです。然し、1985年のメキシコ大地震で2棟が倒壊、その犠牲者となってしまったとの事。ドミンゴ自身もメキシコに住んだ事があり、そのためチャリティを開催、他アーティストとのコラボが世界的に有名となる切欠となったという。


3.グアダルーペ寺院
聖母マリアが、先住民のディエゴ少年の前に現れた事で建立された寺院。聖母マリアの絵画があり、黒い髪と褐色の肌を持つ異色の聖母だが、先代ローマ法王が、とても気に入っており、4年前に聖母と認定されたとの事。信仰熱心なメキシコ人からは圧倒的な支持を得ており、今日ももの凄い信者の数だった。


4.テオティワカン遺跡

メキシコ・シティから50km北にある遺跡。BC2世紀からAC4世紀まで繁栄した都市だが、その当時に人口20万人以上を擁していたというから驚きだ。かなり高い文化を有していた訳だが、例えば、都市計画には上下水道も含まれているし、「タルー・タブレロ方式」という建築方法により階層構造の建物を作っていたのも驚愕に値する。


最終的には、世界的な異常気象により自然衰退するのだが、滅亡後に現れたアステカ人は、荘厳なピラミッド群を神々が建てた都市と信じて、彼らの宇宙観「太陽と月の神話」の舞台として、、「月のピラミッド(高さ42m)」と「太陽のピラミッド(高さ65m)」と名付けたのも、納得出来る荘厳さだ。


そして、観光客は、頑張ってピラミッドに登る。


正直言って、かなり急斜面で怖かったぁ(ToT)


1)月のピラミッド

月のピラミッド   月のピラミッドより


2)太陽のピラミッド

太陽のピラミッド


5.国立人類学博物館

昼食後は、博物館でお勉強。

人類学博物館

前述の通りテオティワカンは、高度な文化を持っていたが、数字、文字を持たない/見付かっていないのが不思議な所らしい。人口20万人以上を擁するので、食料の備蓄もしていたし、その後絶頂期を迎えるマヤ文明の人々(彼らは高度な数学、文字を有していた)とも交易を行っていたので、数字、文字を使っていても可笑しくない筈だが・・・


その後、マヤ文明は、北方からの流れて来たアステカ人に滅ぼされるのだが、まあアステカ人の獰猛な事。


アステカ時代の資料は、骸骨やら生贄グッズばかり(><)


Mexicoに骸骨グッズが多いのは、この辺りにも由来するらしいです。いやはや。


1)アステカカレンダー
実は、カレンダーの役割以上に、彼らの宇宙観「陰陽思想」を表現しています。

アステカカレンダー


そんなこんなで、2006年が始まった訳ですが、色々聞いてみると、Mexicoは、鉱物、石油が採れる資源国家であり、潜在的な国力は決して低くないとの事を知りました。


それでも、現状を打破出来ないのは、米国の中南米政策の影響が大きいとか。また、野党出身の現大統領の努力により景気は緩やかに回復しているが、実際には25%の富裕層と75%の貧民層という構造により国民の教育レベルが低く、完全に回復するまでには教育が一巡する20年位必要とか。


今までは、メキシコに目を向けた事が無かったけれど、実際に来てみて、メキシコの文化、歴史に触れてみると、とても大きな感銘を受けた正月でした。


あと情けない話だが、移動の車の中でうたた寝して寝違えた。イタイ…(苦笑)