三度、昨年のお話です。
これは、ブログにアップするかをかなり悩みましたが、3月11日の震災後についてです。
震災後の復興はとても時間がかかること、まだ始まったばかりということ、それでも頑張って生活している人のことを伝えられればと思い、載せることにしました。
もちろん、僕が見てきたものだけになってしまうので、さわりの部分だけになりますが・・・
昨年の11月、製造業の会社さんが何社かで企画し、復興支援ツアーというものが開催されました。
僕の会社もそれに属してて、社員向けに参加案内の募集がありました。
その募集内容とは・・・
・場所は、宮城県の気仙沼にある大島
・10月~11月のいずれかの一週間
・健康な男女であればよし
・月曜~金曜、丸々休暇を取得できること(上司などの許可が必要)
ざっくり、こんな感じでした。
同じ部署の方が声をかけてくれて、是非行こうということになりました。
上司にもOKを頂いたので(ほぼ強引にですが)、同じ部署の数名で行ってきたのです。
日曜日の朝、千代田区のバスターミナル集合で、気仙沼に向かってスタート。
昼食などは出ないので、バスでおにぎりを食べたり、サービスエリアで何か買ったりしてました。
東京から6時間ほどで、気仙沼の港に到着です。
そこからは、
フェリーも震災で流されてしまい、なんとか他の場所から入手したりで、今は2隻が運行しているそうです。
これは大島ではなく気仙沼の写真ですが、海沿いの町はほとんどが流されてしまってました。
テレビで見ると津波のスピードが伝わってこない気がして、何で家や車が流されるのか不思議だったりしてましたが、実際流された町を見ると、恐ろしさが伝わってきました。
フェリーで大島に到着して、バスで宿泊施設へ送迎していただきました。
ここは島の高台にあるため、津波の被害はなかったということです。
写真の明るさがまちまちですが、なかなか写真を取れる時間がなかったため、↑の写真は次の日の朝一に撮ったものです。
休暇村に到着後、今回のツアーのオリエンテーションを会議スペースで実施しましたが、ちょうどその時余震が来て、みんなで震え上がりました。
ここで生活している方々の苦労が少しだけ分かった瞬間でもありました。
この日はこの後夕食とお風呂を頂いて就寝。
次の日は午前中の半日、島内観光でした。
これはもちろん旅行目的ではなく、被害の状況を把握するため。
上のほうに付けた写真と同じような状況が至る所にありました。
この日の午後から最終日までは復興支援活動となりました。
いくつかの場所で作業がありましたが、主に作業したのは、こちらです↓
こちらも津波にやられてしまいましたが、旅行者向けの旅館だったそうです。
建物内の作業は物が落ちてきたりして危ないため、この周りの作業を実施しました。
作業内容を詳しく言うと・・・
・瓦、ガラス、壁などに使用している石膏ボード、紙類、ビニール、通帳などの個人情報などを拾ってきて仕分ける作業
・ボイラーや室外機などの解体作業
・椅子やテーブル、自動販売機などを集積場へ撤去する作業
主にこんな感じです。
危険を伴うため、ヘルメットやマスクなどは現地で用意してくれていました。
僕らは長靴や靴の中敷(釘などが貫通しないための鉄製のもの)、手袋やゴーグルなど、各自で持参してました。
これは、ツアーの事前説明会などで教えてくれていたので、僕はホームセンターで購入しました。
人がいっぱいいますが、今回のツアーは一番多かったようで、総勢70名でした。
他の会社の方との交流も出来て、そういう意味でもよいツアーだと思います。
休暇村から支援場所まではバスで送ってくれて、帰りもバスで迎えに来てくれるのですが、島に数件しかないスーパーにも寄ってくれます。
ここで夜のおビールやお土産などを購入しました。
お金を少しでも多く使うことも復興支援の一環ということです。
僕が行ったのは11月だったため、日没がけっこう早く、その為毎日の作業も早く切り上げます。
なので、作業後から夜にかけて時間にけっこう余裕がありました。
↑のスーパーから休暇村まで歩いても帰れる距離だったので、リーダーの方にお願いして(輪を乱してしまった)一人歩いて帰りました。
その時に撮った写真がこちら↓
この左側には町になりそうなくらい、色々なものが集まってました。
これ、どう処分するんだろうという不安がありました。
元々観光業もメインの島ということで、良いスポットや綺麗な海はたくさんありました。
少しでも早く元に戻って欲しい・・・。
木曜日の朝、休暇村近くの田中浜という場所で朝日も見ました。
さすがに宮城県の11月、6時前に日の出まで待ってる時間がかなり寒かったですが・・・。
そんなこんなで活動もあっという間にすぎてしまい・・・
金曜日の朝、チェックアウト後島内の方々に挨拶をして、終了となりました。
テレビなんかで「励まそうと思ったら逆に元気をもらった」と言ってる人がいたりしますが、まさにその通りでした。
辛いことを抱えながらも僕らに「ホントにありがとう。東京に戻っても頑張ってください。」「今度は観光客として遊びに来てね~!」など、こっちが言わなくてはいけないことを言っていただいたりしました。
僕らが行った次の週からは、いかだ作りなどの作業も追加されるということでした。
まだまだ人の手は足りないと感じました。
今後も何らかの形で支援できればと思いました。
最後にオチを一つ・・・
フェリーで気仙沼
↓
バスに乗り換えて一路東京へ
↓
18時頃到着
の予定でしたが、東北道の大渋滞により到着が大幅に遅れてしまいました。
そのおかげで、順調に帰れたら諦めざるを得なかったものを見ることが出来ました。
バスのテレビでタジキスタン対日本代表のW杯予選を見ることが出来ました。
これは嬉しい。
ちなみに、もう一台のバスは故障か何かでテレビが映らなかったそうで・・・ラッキーでした♪
支離滅裂な文章ですみません。
少しでも伝われば幸いです。
おしまい。





