幼少編から読んでみるとわかりやすいかと・・・
~社会人篇~
なんだかんだ痛い目を見て終わった高校生活。
人生で初めて間違えた選択をしたと思ったのが、
高校の選択でしたね。
まあ今考えれば、
その高校に行っていなければ僕はビジネスに巡り合わせてはいないので、
最終的にはよかったと思っています。
卒業した僕は大学からオファーがいくつか来ていました。
ですが、お金がなかったので社会人でも柔道ができるア○ソックに入社しました。
ア〇ソックといっても高卒ということで、
足元をみられていました。
手取りで13万と1000円。
大学生のバイトちょっと頑張ったレベルです。
愕然としましたよね。
内容とかで見たのは柔道ができるかということとボーナスだけ。
ボーナスで2,0倍もらっても26万。
同期でやま〇電気行ったやつは4倍ですって。
まあそんな高望みはしないですけどね・・・
手取りもうちょっと上げてよね・・・
仕事内容としては、
・立って警備(立肖)
・防犯カメラ監視(鳥しかいねえ)
・受付(寝てる)
と、すごく楽です。
ですが、
暇というものほど苦痛はないわけです。
ただでさえ僕は体育会系。
夜勤なんか社員も誰も居ないわけです。
何警備してんのかわからなくなるし、
実際赤外線センサーにかかるのなんて木の枝か猫。
苦痛でしょうがなかったです。
夜とか慣れきたら、サボって寝てるか、
同期とPSPのメタルギアで対戦してるかのどっちかです。
警備員なんてそんなもんです。
雇わない方が・・・
まあそれはどうでもいいんですけれどもね。
ただこの安月給です。
僕は小さい頃からなかなか貧しい親のために、
絶対に我慢をさせないほどの親孝行をしようと考えてました。
ポルシェが欲しければ買ってやりたいし、
世界一周旅行に行きたいというのであれば、行かせてあげたい。
世界一の親孝行をすると決めていました。
僕の親は普通の家庭の母親の何倍も苦労したでしょう。
ならば、ほかの親よりも何倍も幸せになる義務があります。
それをしてあげられるのは僕だけなんですよ。
兄貴は893はやめていて、
近所のクリーニング屋でかたぎの仕事をしていました。
ならぼくがやるしかないじゃん。
もう二度と泣いてる姿見たくない。
死にたいとか聴きたくないですよね?
だから僕は柔道で世界一をとって親孝行をしようと考えていました。
しかしまた問題発生。
入社したのとほぼ同時時期です。
なんか帰ってきたら家族会議をしてるじゃありませんか。
僕「ん?どうした?」
母「今月で家がなくなるって」
僕「またか~」
兄「めんどくせえ」
弟妹 大泣き
本当にナイスタイミングでしたね。
僕が会社入って1ヶ月目のことでした。
とりあえず妹弟は施設行きです。
この時ほど親を恨んだことはありません。
貧乏はまだ許せますが、
兄弟妹弟が離れ離れになることほど、
辛く苦しいことは無いです。
まあこれで3回目なんで慣れてましたけどね。
慣れって怖い・・・
兄は女の家に寝泊り(ひも)するということで、
そそくさと行ってしまいました。
もちろん中の下なフェイスの持ち主の僕は彼女なんかいるわけない。
もちろん初任給は入ってましたが、
たったの4万です。
しゃあないですよね。
近くの公園で野宿です。
金はとりあえずあったので、
別にダンボール食べるとか言う面白い話は無いです。
ここらへんは秘境でホームレスもいないので、
意外と快適に半月がすぎ、
2回目の給料となりました。
13万・・・
本当にどうしようか悩みましたね。
家借りたら金無くなって会社いけないし、
かと言ってこのままじゃ不衛生すぎる・・・
で、兄に電話して相談してみたら、
兄「ばあちゃんとこ行けば?」
僕「?!」
全然思いつかなかったです。
早速ばあちゃん家に行って訳を話すと快く泊めてくれました。
優しいばあちゃん。
優しいじいちゃん。
感謝感謝。
でも、
お願いだから僕の母の悪口を言わないでください。
あいつの悪口を言っていいのは、
この世に僕の家族だけです。
まあそれくらい金がピンチな僕が、
世界一の親孝行なんて口だけと言われてもしゃあなしです。
でもまあ現実は願ってるだけじゃあ変わらんです。
とにかく生活を安定させてから考えようと、
必死に働きました。
そして3ヶ月後には家を借りて一人暮らしが始まります。
6人兄弟の僕には寂しすぎる・・・
当分は僕の愛用してる抱き枕で我慢して生活するしかないか・・・
そんな感じで僕は晴れて社畜となったのでした。。。
紳士淑女の皆様。
ここまで読んでくださりありがとうございますm(_ _)m
次はこっちらっからー(´∀`*)