美術部の黒田さんが言ってた謎のキーワード「ビセン」。
僕はその意味をつきとめるためにスマホを取り出した。とりあえず「ビセン」を検索してみよう。すると、検索の上位に学校らしきもののホームページが出て来た。これか、大阪美術専門学校、略して「ビセン」。よく見ると札幌の美術系専門学校でも「ビセン」があるし、美容系の専門学校の「ビセン」もあった。考えてみれば略称が「ビセン」の専門学校は多そうだが、黒田さんの言ったのは大阪美術専門学校の「ビセン」で間違いないだろう。
ホームページを開いてみる。「夢と仕事をつなぐ場所」というフレーズが浮かんだ。
なるほど、専門学校というのはストレートに就職を意識しているのだな。学科はまず大きく2つに分かれていて、3年制の総合デザイン学科と2年制のコミック・アート学科がある。同じ学校の中で2年で卒業する人がいれば3年で卒業する人もいる。学校というものは、みんな一緒に入学してみんな一緒に卒業するものだと何の疑問も持っていなかったけど、専門学校ではこういうこともあるのか。
総合デザイン学科はグラフィックデザインとかデジタルデザインとか、いわゆるデザイナーになるための学科。僕が関心があるのは当然コミック・アート学科。こちらは絵を描いたり陶芸をしたりという、いわば「作家」を育てる学科みたいだ。学科名が「コミック・アート」って漫画と芸術をくっつけているのが漫画家を目指す僕としては気持ちがいい。
マンガコースはもちろん漫画の描き方を教えてくれる。デッサンからストーリー構成、ネームの描き方、デジタルの使い方もある。実は僕は今のところ100%手描きで漫画を描いているのだけれど、プロになるにはデジタルを知っておきたい。けど、パソコンに詳しい人はたくさんいるものの、漫画で使うソフトを実践的に教えられる人は漫画家かそのアシスタントだろうし、当然身近にはいません。学校で教えてくれるなら言うことなしだな。
別の日、昼休みに黒田さんが1人でいたから話しかけてみた。
「ビセン、調べてみたよ」
「え、何だっけ?」
「漫画とか教えてくれる学校。ビセンとか行けばって言ったじゃん」
「ああ、あれか。美術部の先輩でビセンに行ってる人が何人かいてね。その人たちは油絵とかデザインのコースだけど、漫画のコースもあるって言ってたから」
「他の専門学校も調べたけど、大阪で漫画の技術を教えてくれるところはそうたくさんないみたい」
「かもね。アニメは結構あるけどね。ビセンどうだった?行ってみたの?」
「まだホームページ見ただけ。でもかなり実践的な授業内容だってことは分かった」
「それが専門学校の良いところよね」
「黒田さんは芸大なんだよね?」
「うん、私はとことんまで絵を描いて、じっくり美術の勉強をしたいから。さすがに絵描きで食べてはいけないだろうから、美術の先生になって趣味で描く」
「そうか、教師は大学に行かないとなれないものな。大学と専門学校の違いって何なんだろうな。期間が2年か4年かは置いといて」
「大学は総合的に教養を身に付けるところかな。もちろん学科にもよるだろうけど、研究とか学問をするところだと思う。専門学校はすぐに仕事で活かせる技術かを学ぶところじゃない?デザイナーみたいな専門職で就職しようと思ったら、4年制大学でデザインの意義や歴史を学ぶより専門学校のほうが実践的だと思うよ」
「たしかに。ビセンのホームページを見てそれは思った」
「あとね、ビセンに行った先輩が設備はすごくいいって言ってた」
「設備って、パソコンとか?」
「それかなり大事だって。パソコンもソフトもしょっちゅう新しいものが出るけど、学校は毎年買い替えるわけにいかないじゃん。だから学校によっては10年以上前のパソコンやソフトを使ってて、学生が自腹で最新のを買って勉強してるところもあるって」
「うわ、それはやばいな」
「オープンキャンパスに行って自分の目で確かめてきたほうがいいよ。設備がどうかなんてネットで調べても出てこないから」
なるほどな。もっと早くに黒田さんに相談しておけばよかったかもしれない。
だけど、クラスメートを見ていると、女の子のほうが進路については真剣に考えているように見える。男どもは毎日バカなことを言ってふざけているだけで、全然子供だな。こんなことで優越感を感じても仕方ないけれど、僕は今、自分の人生をしっかり考えている自分がほんの少し誇らしい。(なんてな)