自由な発想の転換ができるということは、
指導者にとってきわめて大事なことである。
しかし、
発想の転換ということはさかんに言われるが、
実際はなかなかむずかしい。
みずから自分の心をしばったり、
せばめている場合が多いのである。
だから大事なことは、
自分の心をときはなち、
ひろげていくことである。
そしてたとえば、
いままでオモテから見ていたものをウラから見、
またウラを見ていたものをオモテも見てみる。
そういったことをあらゆる機会にくり返していくことであろう。
そうした心の訓練によって、
随所に発想の転換ができるようにしたいものである。
<松下幸之助一日一話より>
指導者にとってきわめて大事なことである。
しかし、
発想の転換ということはさかんに言われるが、
実際はなかなかむずかしい。
みずから自分の心をしばったり、
せばめている場合が多いのである。
だから大事なことは、
自分の心をときはなち、
ひろげていくことである。
そしてたとえば、
いままでオモテから見ていたものをウラから見、
またウラを見ていたものをオモテも見てみる。
そういったことをあらゆる機会にくり返していくことであろう。
そうした心の訓練によって、
随所に発想の転換ができるようにしたいものである。
<松下幸之助一日一話より>
