時計のふりこは、
右にふれ左にふれる。
そして休みなく時がきざまれる。
それが原則であり、
時計が生きている証拠であると言ってよい。
世の中も、
また人生もかくの如し。
右にゆれ左にゆれる。
ゆれてこそ、
世の中は生きているのである。
躍動しているのである。
しかし、
ここで大事なことは、右にゆれ左にゆれるといっても、
そのゆれ方が中庸を得なければならぬということである。
右にゆれ左にゆれるその振幅が適切適性であってこそ、
そこから繁栄が生み出されてくる。
小さくふれてもいけないし、
大きくふれてもいけない。
中庸を得た適切なふれ方、
ゆれ方が大事なのである。
<松下幸之助一日一話より>
右にふれ左にふれる。
そして休みなく時がきざまれる。
それが原則であり、
時計が生きている証拠であると言ってよい。
世の中も、
また人生もかくの如し。
右にゆれ左にゆれる。
ゆれてこそ、
世の中は生きているのである。
躍動しているのである。
しかし、
ここで大事なことは、右にゆれ左にゆれるといっても、
そのゆれ方が中庸を得なければならぬということである。
右にゆれ左にゆれるその振幅が適切適性であってこそ、
そこから繁栄が生み出されてくる。
小さくふれてもいけないし、
大きくふれてもいけない。
中庸を得た適切なふれ方、
ゆれ方が大事なのである。
<松下幸之助一日一話より>
