2日目午後はモネの家がある、車で一時間ちょっとのジヴェルニーへ。
シテから一度ホテルに戻り、駅で昼食のパンを買ったが、こちらは基本紙袋をくれない。朝、土産物屋でお土産を買った時もただの茶色い紙袋に10セントとられた。私は沢山買ったからかパンに紙袋をつけてくれたが、Mちゃんはなかった。結局お昼はこのパンをモネの庭のベンチで食べた。

パリ市内を離れると田園風景が広がり、フランスは農業国って感じますね、とMちゃんの感想。放牧中の牛も見たが、日本の牛よりずっと大きくて白かった。だからチーズが安くて美味しいんだろうな。フランスは自給率もかなり高かったはず。


午後2時半、モネの家到着。睡蓮で有名な画家クロード・モネは1883年から亡くなる1926年の晩年をこの地で暮らした。モネは浮世絵に魅せられ、竹林のある日本庭園も作っており、広大な敷地には一年中花の絶えない庭園、睡蓮の池、小川、邸宅、アトリエ等がある。すでに画家として成功していたモネは生前からかなり恵まれた暮らしをしていたようだ。私がこの家の事を知ったのは、絵画とは全く別のきっかけだった。
高遠智子さんの"食べ物だけで余命3ヶ月のガンが消えた"を読み、余命3ヶ月の彼女がただこのモネの庭を見るためだけに車椅子で一人でやって来て、その後の奇跡を生む一歩となった。その庭を私も見たくなったのだ。睡蓮は9月10月にしか見られないから、皆さんは見られてラッキーだね、と現地ガイドさんは言ってた。本当に人も少なくゆっくりと本物の睡蓮の池を観賞し、それに続く花一杯の庭、家族と仲良く暮らしただろう家の中、アトリエを見る事が出来て、幸せな気分に満たされた。

モネの家と庭










午後6時すぎ、ホテルに戻る。夕食まで時間があったので、ホテルの前のカフェで一休み。こちらはカフェというと基本エスプレッソで大きいのというとダブルエスプレッソになる。なので日本でいう普通の珈琲が飲みたい時は、カフェ アロンジェというそうだ。私は発音に自信がなくずっとエスプレッソを飲んでたけど。


この日の夕食は、ガイドブックにも載っているクレープリー・ドゥ・ジョスランでそば粉入りガレット。現地駐在員の友人二人がアレンジしてくれた。地元の人気もすごいのか、ホテルから徒歩10分位で行けるのだけど、自分たちだけでは気後れしそうな混雑ぶりだった。私は玉子とベーコンのガレットにしたが、ほのかにお好み焼きのソースのような味わいで不思議な感じだった。ガレットにはシードルがお勧めというのでこの日はワインではなくシードルを注文。デザートは生クリームとアーモンドたっぷりのアイス。他のメンバーはそれぞれ違う味のガレットを頼んでいた。美味しかったが写真を撮り忘れてしまった。
日本だと女性に人気がありそうなメニューだが、ここでは男性客も多くとにかく賑やかで騒がしい位だった。
この店からホテルに戻る道にも沢山のカフェやビストロがあって、外にもたくさん椅子とテーブルが並んでいて赤い屋根の下で人々が語らいながら食事を楽しんでいた。それはどこも日本とは違うパリの夜の風景だった。