空将の孤独 | ebisuminato

空将の孤独

田母神空幕長の論文が波紋を広げている。
タイトルは、「日本は侵略国家であったのか」。こちら から全文が読める。

自分は田母神さんの言うことに全く反対ではない。
かつて、日本だけが侵略国家ではなかった。
そして、日本がいまだに糾弾され続けるのは、残念ながら、国家として戦いに敗れたからだ。
実は植民地経営はカネのかかる政策だった。
重商主義時代ならまだしも、ナショナリズムに植民地の住民が芽生え始めると、
その治安を維持するためのコストだけでもバカにならなくなった。
自由に貿易をした方が、帝国を運営し、閉鎖的なブロック経済をするよりも、全体の経済成長があがることは、いまの世界情勢が証明している。
最近は、自由すぎたことの問題が噴出しているにせよ。
1960年代に植民地の国々がいっせいに独立したのも、実際にはかつての列強のそうしたコスト計算が背景にある。

田母神さんは、日本も植民地でも、いい面があったと強調している。
確かに、そうした理想を追求し、実際に果実となった地域はいくらでもある。満州の工業地帯がいい例だ。
しかし、一方で、勝った国々が「歴史」を作る。
それは、太古の昔からの習わしだ。

では、負けた国は永遠にそれでいいのか?
そうではないだろう。
戦勝国が慢心にひたる中で、敗戦国が次第に力を蓄えることもまた歴史の必然だ。
だからこそ、なぜ、いま、この論文を出す必要があったのか?
揚げ足を取られ、たたかれてきた過去にまた逆戻りだ。

すべての列強が侵略国家であったのだ。
田母神さんはそのことがいいたかったのは間違いない。
その不公正さを論じたかったに違いない。
しかし、「うちが侵略国家であったのか」という問題提起自体が、戦勝国の思う壺なのだ。
「うちもヒドイことしたが、お宅も結構、お盛んでしたね」と言ったやればいいのだ。
あ、また、引っかかった、と思われてるのがシャクにさわる。

田母神さんが、そうした歴史の事実を、クールに示せばいいのだが、どうにも、残念ながら、そうはならなかった。
ルーズベルトさえ批判し、コミンテルンの陰謀史観などを切り貼りしたところは、悲しささえ感じる。
そして、なぜ空自トップが、あのヘンな帽子のおばさんの会社の論文に応募しなくてはならないのか。
最後に一発かませるなら、文藝春秋あたりを選ばせるのが普通だろう。

田母神さんは、ひょっとしたら孤独だったのではないか。
ふと、そういう疑念さえ抱いた。
周囲はなぜ、空幕長の行動を抑えなかったのか?
自分は発言の内容より、、そちらの方に問題の根深さを感じる。