お久しぶりです。
わたしのブログでは、「実は」という言葉がときどき出てきます。
同じ名前でも、表面的に見た時の意味と、その奥にある本質的な意味があります。
元々はこういう意味だけど、わかりやすい例で言うと、こういうことですとか、わたし自身が興味を持った側面から話すとこんなことです、など…
いくつかご紹介させていただきます。
1「カルマ」
カルマは、元々は「動き」や「運動」を意味しますが、ネガティブなこと、悪い意味で使われることが多いです。
体カルマというと、体内に溜まった不要なもの、ゴミのようなもので、病気や老化の原因となるものを指します。循環せずに停滞し、体の流れを悪くして、筋肉や血管を硬くし、呼吸を浅くします。
心のカルマは、偏った考え、思い込みを指します。
しかし、瞑想を深めて、プラスマイナスゼロの視点で見ていくと、カルマは、意識体の運動を意味することがわかります。
0(ゼロ)の状態から、振動が起こり、波ができて、渦が発生する。
この時、プラスマイナスゼロに戻れるように、プラスとマイナスが一対(いっつい)で発生します。
一方だけ見ると、偏りであり、心身に悪い作用を与えるものに見えますが、正しく見るとバランスを保ち善悪はありません。
これを自覚した状態をダルマといいます。
2「観照(かんしょう)」
あるがままに観る(眺める)ことを意味します。
あるがままに見るとは、上記でも述べたように、0からプラスとマイナスが同時に発生していることを正しく見ることです。
全てのものが同じ意識体(ブラフマン)でできていることを感じることです。
例えば、感覚器官(見る、聞く、嗅ぐ、味わう、触れる)は、目、耳、鼻、舌、皮膚に分かれていますが、元々は1つの細胞で感じる感覚です。この感覚器官が元に戻り一つになった状態を体感するところから瞑想の誘導が始まります。
前々回に書いた体内の流れ(経絡やツボの流れ)は、観照と全託を深い方へ、広い方へと繰り返すことで見えてくる(感じる)景色です。
わたしがヨガを始めた頃に興味を持ったのが、この内容(経絡、ツボ、チャクラ、ナディ)でした。
3「マヤ」
マヤもカルマと同じように「幻想」などネガティブな意味で表現されがちです。
元々は「映像」とか「空想」を意味します。
渦を一対で発生させて、空間の映像を創り出してゲームとして遊んでいる状態が「リラ」です。
言い換えれば、映像を創造していることを自覚している状態がリラです。
自覚できず、無自覚に映像にのめり込んでいる状態がマヤです。
4「超能力」
わたしたちの体は超能力で成り立ちます。
インカーネーション(物質化)を使って、個体ができています。
サイコキネシス(念動力)を使って体を動かしています。
テレパシー(遠隔感応)を使って心を通わせています。
細胞のレベル、原子のレベル、素粒子のレベル…と細かくて深い層では、これらの力が直に働いています。
私たちの体は宇宙に繋がっています。我々の体を構成する素粒子の動きが、天体の動きと同じであることが、このことを示しています。
宇宙空間とは、宇宙ステーションやロケットで地球を離れることで行ける場所だけではなく、今わたしたちがいる場所も宇宙空間です。
他にもありますが、今回はこれぐらいにします。
瞑想を進めて、体の内側を深く観ていくことで、広がりを感じ、盲点となっていた見えなかったものも見えるようになります。上記の「観照」をひたすら行うことで、本来の言葉の意味を体感できます。