今週はハワイに休暇に来ています。最終日の今日は、飛行場に向かう前にパールハーバーメモリアルに出かけることにしました。

パールハーバーといえば、日本軍が奇襲作戦を成功させ、それがきっかけとなってアメリカが戦争に参戦した一大事件です。パールハーバーは今でもアメリカ軍の基地になっていて、慰霊公園のすぐとなりには現役の基地が広がっています。

一緒に展示されている潜水艦等に入るのは有料ですが、奇襲作戦により沈没させられた軍艦の跡地を訪ねるのは無料です。まず、15分程度のビデオを見ます。何故日本が戦争を始めたのか…。論調は非常に中立的でした。

ードイツと同盟関係にあったこと
ーイギリス等の植民地主義がどんどんと押し寄せて来ていて、日本はどこかで線をひかなければ自分たちの独立を保てなかったこと
ー植民地化された所からは資源が来なくなり、このままでは日本は兵糧攻めの様になってしまうこと
ードイツに合意する立場を批判したアメリカは、日本への原油の輸出をストップし、いよいよエネルギー源が断たれて来ていたこと

そういう背景をしっかりと説明し、山本五十六はこの真珠湾攻撃に対しては、本当はやりたくなかったのだ…というところまで説明がなされていました。

けれど、戦争に対して前向きな東条内閣が成立し、日本も戦争への道を歩み始めた…と説明がありました。

続いて、日本軍がどのように作戦をたて、ハワイを攻撃したのか、詳細な当時のビデオとともに説明が続きます。

ビデオは淡々と事実を中立的に並べて行きます。それが逆に、「未来」を気がつかないうちに失った若者達の無念さを引き立てます。あっという間のことで、びっくりしている間に死んでしまっていた…そんな若者達が沢山居た筈なのです。

彼らを忘れないこと、それが我々に課された課題であり、彼らの命を無駄にしないこと…そうビデオは伝えていました。

ビデオが終わると順番にボートに乗せてもらい、戦艦アリゾナの上に建てられたメモリアルの建物に連れて行ってもらえます。60余年たった今でも、アリゾナの心臓部に残っている油が海水の表面にうっすらと広がります。そして、遺体を集められなかった100余名の遺体がまだ船体の中に残っていると言われています。
沈められた戦艦の上には一つ一つその場所を指し示すコンクリートの建物が建っています。

カメハメハ大王が一番最初に移民協定を結んだ国…日本。そして多くの日系人がアメリカ人として暮らし、日本軍の攻撃により、二つの国の間で引き裂かれていきました。

そんな歴史はそんなに大昔のことでもないのですよね。


ワイキキビーチに行けば、そんなことを全く心の隅にすら入れずに日本からの観光客が楽しく日光浴をしています。

平和そのものという景色です。

こうしていろいろな辛い時間を乗り越えて、本当に良い時代になった…とも考えられますし、でも、そういう辛い歴史を忘れないでいること、そして繰り返さない位賢くなること…これも後の世代に生まれた我々の責務の様にも思うのでした。