今日は午後3時位まで冷たい雨が降り続くあいにくの天気でした。
その冷たい雨の中、ホスピスの組織の年会に出席し、お昼ご飯を頂いてから、患者さんを訪問しました。

情報によれば、寝ている時間が長いという認知症がかなり進んだ状態の患者さんなのですが、訪問したときは車いすに乗ってリビングルームに座っていました。

とりあえず「こんにちは」と声をかけてそばに腰掛けてみます。反応はありません。そして、何やら独り言を時折話すのでした。

今日は「起きていたら、手を握ってみよう」と決めていたので、ゆっくりと手を差し出して患者さんの右手を両手で包みました。流そうと思わなくてもレイキはスイッチオン!です。(長そうと思わなければ思わない程流れちゃいます)手がどんどんと温かくなっていきます。

片手で手を握りながらもう片方の手で、患者さんの手の上で子供を寝かしつけるときの様にゆっくりとリズムをとりました。時折不随運動で体がかくっとなるのですが、それが徐々に減っていきました。

患者さんは時折、昔の話やら施設の話を口にします。こちらを見ることはありませんから、私じゃない誰かに話していたのかな…と思っていました。(ただ、今振り返ると私に説明していた気がします)

そんな感じで40分位静かに手をつないでいましたら、患者さんが話すのではなくて歌い始めた気がしました。どんな歌か判りませんから、私はなぜかとっさに「チューリップ(咲いた 咲いたチューリップの花が…)」ではもりました。

すると、「のどが乾いた」と私に言うのです。
そこで、スタッフの方にジュースを用意してもらい、ジュースを飲んでもらいました。更に「次はいつ来るの?」と私に尋ねるのです。
「来週ね」
「そう。本当によかった」
「ジュースが美味しくてよかったね」
「ありがとう。あなたはいい人ね」

それ迄のコミュニケーションが成り立たなかったことが嘘の様に話が通じたのでした。

びっくりしてしまいました。もちろん認知症の状態はよくわからないときと判るときが交互に来るらしいので、たまたまその状況が転換しただけかも知れません。過度な期待もすべきではないことも承知しています。

認知症の患者さんの世界は、我々がそれをかいま見ることが出来たとしたら摩訶不思議な世界かも知れません。だとしても、患者さんが見えている世界はある筈なのです。その患者さんの世界と私たちの世界の間のリンクが今迄の様にはいかなくなっている…そういう風に考えると何となく納得がいきます。

限られた方法でしか繋がることが出来ない人に、言葉ではない肌のぬくもりでも話しかけるのは、理屈じゃないけれど理に叶っている気がします。

また来週お会いしましょうね