なかなか開始出来なかった、ホスピスのボランティアですが、遂に1週間前から訪問を始めました。

日本で言うところの特別養護老人ホームに当たるケアセンターに住んでいらっしゃる方です。
毎週1回訪問するプランです。とはいえ、認知症が進行し、基本的には意思疎通は出来ません。

初めて訪問したときはテレビルームで他の方々と一緒にテレビを見ていました。しばらくお部屋でご一緒し、「お元気ですか?」と、手を握ったりしてきました。割とお元気そうでした。

2回目にあたる昨日も同じ感じかなと、出かけたのですが、施設の方が
「疲れているので、今日はベッドで寝ていますよ」とおっしゃる通り、ベッドの上で静かに横たわっていらっしゃいました。1週間でなんだか小さくなった気がしました。

意思疎通は出来なくても、直ぐに帰ったりはせず、30分はご一緒しよう…と、自主ルールを決めているので、ベッドのそばに座り、遠隔でレイキを流して帰ってきました。


患者さんとご一緒の静かな30分誰にでも必ず訪れる最終章のことを考えました。

どれ位体がだるいのだろう

認知症で外界といわゆる普通のコミュニケーションは出来なくても、その人の認識する「現実の世界」というのがある筈で、それはどんな世界なんだろう。

もしも、ベッドで寝るだけの状態になったとして、家族や施設の職員さんがベッドのそばにいるのは一日の時間の中でも短い時間。ほとんどひとりぼっちなんだなぁ…


お部屋には昔の写真がボードに沢山貼られています。家族に囲まれて元気な頃の写真達でした。その姿と今ここで静かに横たわっている姿のギャップが、私に改めて「この世を去る」ということを考えさせました。正直少し怖く感じました。

ボランティアというのは「与えること」ですが、私は与えることによって「もらうもの」の方が与えるものより大きいと思っています。こうして、人生の最終章にいらっしゃる患者さんと一緒に静かな時間を過ごすことで、私が愛する人達の誰にも必ず肉体の終わりは訪れること…それは、絶対にやってくること…それを思い出しています。普通の毎日が愛おしいこと…そうやって輝く時間はそれほど長くはないこと、そんなことを改めて教えてもらった気がします。