月曜日に担当ビジネスのアップデートをして、非常によいミーティングを持てたというのは数日前に書きました。
今日はディビジョンの四半期毎のミーティングがありました。事業部の全員が出席する大きな会議です。時間的に可能なヨーロッパ・カナダ・南米も繋がっていました。様々なビジネスの成功等を讃え合い、最後に事業部のトップからの総括と来年の重点項目の話がありました。

ちなみに今年のプライオリティの一番手は私が担当している仕事のところで結果を出す…だったんですね(汗)。まぁプライオリティで、美しい結果と来年に向けての橋渡しがうまく出来ているので、プライオリティとしての責任は果たしたと思います。その結果を事業部のトップが話した時に、私の名前ともうひとり、社内のシステムや人事関係の統合を担当したマネージャーの名前が呼ばれ、感謝されました。ちょっとでも言われるとうれしいですよね。

そして、来年のプライオリティのNo. 1も引き続き私の担当している仕事のところで結果を出す…というものでした。まぁ判ってましたよ。どこよりも伸びしろがあって、それが理由で買収したんですからね。2012年も楽しく頑張って行きたいと思います。

さて、そのミーティングが終わり、私がオフィスに戻ってくると電話に伝言が入っていました。もうひとり名前を呼ばれたマネージャーからでした。

車の中から電話をかけて来ていたのですが、すごく楽しそうにはしゃいだ声で
「ディビジョンミーティングで名前が呼ばれて本当によかったよね!少なくとも我々の名前とあのビジネスを繋いで覚えてくれてたってことだもんねぇ!ほんと、おめでとう。来年もがんばろうね!」というメッセージが残っていたのです。

彼はよっぽど名前を呼ばれて褒められたのがうれしかったのですね。
「あぁ、私こんなに彼程喜んでなかったなあ…」と思ったのと同時に「彼も事業部のトップに認められる機会があってよかったな」と思いました。


実はこれには伏線があるのです。

半年程前のことです。買収してからも半年…というタイミングのことでした。買収先の海外勤務社員を先に会社に統合しよう…という話になりました。そこでそれと同時に、統合やビジネスの展開を担当している彼や私の仕事の権限ももう一度定義し直そう…という話になりました。実はこの事業部の悪い癖で、最初にしっかりと組織や責任を考えないでとりあえず「保険」の様に同じ担当に複数の人をかぶせたりするのです。そこで、被り合う人達の間で押し合い引き合いになって本来の仕事に専念できなくなってしまうのです。

当時私は出来るだけ横やりを入れられない様に、本丸のお上達に対しては気配を若干殺して海外でやりたい様に判断し、仕事をばりばりとこなしていました。そこへ来て「担当の定義しなおし」という話題があがって来たのです。正直うんざりしました。

当時の事業部のトップは、買収前のビジネスの伸びを買収・統合の作業によって鈍化させるのを極度に恐れていました。そして、買収先の人達を過度に重用していたのです。買収先の人達は彼らのやり方が「このビジネスをする上で正しい方法だ」と思っています。そして事業部のトップが重用するものですから、「買収先の文化や組織にある程度適応して行かなければならない」という心構えも謙虚さもなかなか生まれない土壌になっていたのです。けれど実際は買収先のやり方が全て正しい…なんてことはあるはずありません。我々の同僚で買収先と一緒に仕事をする担当になった人達は会えば、「信じられない!買ったのは私たちなのに、なにあのお高くとまった態度!」と文句の嵐が吹き荒れていました。

そんな扱いにくい環境の中、彼も私も買収元の社員として、その辺のお高くとまっている人達をうまく懐柔しつつ、「新しい文化に適合してどんどん活躍したい」と心を切り替えた人達と一緒にばりばりと仕事をしていたのです。彼は私と違って別に気配を隠そうという意志はさっぱりなかったと思います。けれど、「正しいことをする」まさに仕事の鬼で、「寝てる時間あるの?」という位仕事に生きている人です。ですから、「社内広報活動」は二の次になり、本丸のお上からは結果的に余り見えない状況になっていたのでした。

彼が寝る暇も惜しんで身を粉にして働いているのは現場を知っている人からしたら誰の目にも明白な事実だったのです。しかし、彼は衝撃的なことを事業部のトップから言われていました。買収先で一番お高くとまっている人が「仕事が多すぎて困る」と文句を事業部のトップにこぼしていたのです。彼らの言うことは全て聞く状態だった事業部のトップはこともあろうか、その文句を言った人のおそらく3倍は働いている彼に「少し仕事を助けてあげて頂戴」と言ったというのです。お上の中でも彼の直属の上司はさすがに彼がその文句たれより遥かに忙しく働いていることを知っていました。直属の上司は「この場で口答えするな」という目配せをして、彼が反論するのを抑えたのです。

そして、事業部のトップは同じ様に私のやっていることも見えていませんでした。海外のビジネスは買収先の担当者が完璧に仕事をこなしている…と考えていて、ビジネスの統合や事業展開の準備は全く見えていなかったのです。もちろん直属の上司にはきちんと伝えてありました。けれど、それは私の上司が「状況に振り回されている」状態で、結局私が説明しても理解しないというところで断絶が起き、事業部トップに対してきちんと説明が出来ないのでした。

かくして、我々の役割も再定義されることになったのです。

彼は事業部のトップにお高くとまった文句たれの仕事を手伝ってやれ…と言われたことが余程衝撃的だった様でした。私もそんなこと言われたら、完全に「ちゃぶ台をひっくり返していた」と思います。(文脈から外れますが、「ちゃぶ台をひっくり返す」って英語でなんて言えばいいのかなぁ…と、日本語で思う度に考えます)そこをぐっと我慢した彼でしたが、貢献が全く認識されていない…というのはやっぱりやりきれないことです。

そして私は「どうせ何やったって批判されるんでしょ?ならやりたい様にやるわよ!」と思って始めていますから、「認識されていない」という時点で「まぁ、気配隠してたし…それにどうせ、気配隠してなかったってわかんないでしょ?」と冷めた様に見えてその実不満たらたらだった訳です。

こうして、「例えお上に認められなくても自分のプロとしての根性とスキルで結果を出す」と二人でデュッセルドルフの日本の居酒屋で杯を傾け合いながら慰め合った日々があったのでした。

役割の再定義はもちろん我々が定義を決めました。我々の直属の上司たちは「中身は良く説明できないけど、とりあえずなんかうまく進んでるみたいだから本人が言っている役割で定義しておけばそれでいいか?」と思ったのだろうと思います。

そこから半年が過ぎて…。
多くの本社サイドの人達が、買収先から排斥され結局担当を外れていったのですが、我々はしっかりと地盤を築いて一歩一歩進んで行きました。時折、その文句たれから私の上司に「仕事を急ぎすぎる」という私に対する非難が来ていた様ですが、さすがに上司も「それだけ高いスタンダードで仕事してるってことよ」と相手にはしませんでした。

今週はじめののアップデートで、我々がどんな人達と一緒に仕事をし、どんなものを作り上げ、結果を出したのか…まとめてみせてあげたことで、我々が社内広報活動を行わなかったけれど、その時間も惜しんで結果を出すために頑張っていたのかを理解してもらえたのだと思います。それに買収してから1年も経って、さすがに事業部のトップも買収先の判断が全て正しいといった偏重はもはやしなくなっていました。

その間私は「そういう評価にこだわるのはどうでもいいや」と思える様になっていたのですが、彼の方はまだ「仕事の貢献が認められている」と自信が持てていなかったのかもしれません。だからこそ、今日の賞賛は殊の外うれしかったのでしょう。

私はアップデートでやっぱり写真を沢山載せて良かったな…と思いました。