ここでまたちょいと話題を変えます。
ホスピスのボランティアを始めることになった…という後日談です。

なかなかうまく行かないんですよねぇ。どうしてだろう? 

トレーニングは2日間でした。一日目が終わったところでかなり体調が悪く、「こりゃ厳しいなぁ」と思いつつ早く治そうと床についたのですがそこから悪化の一途をたどり結局2日目は欠席せざるを得ませんでした。
「次のトレーニングは?」と質問したところ、「1月の14日」ということでしたので、次の機会にトレーニングを完了させる予定です。

ということで、まだトレーニングは完了していないのですが、ゆくゆくは日本でレイキを絡めた「善く生きる(良い死を迎える)」ということに関連したNPOをやりたいな…と思っている私は随分と考えさせられることがありました。

医療との向き合い方が日本とアメリカでは全然違うのです。まず、日本では医療に関しては非常に社会主義的な意識が働いています。貧富の差に関係なく同じ医療を受けられてしかるべきだ…というものです。ですから、保険がカバーする医療とカバーしない自由診療をあわせて受けること(混合診療)は出来ません。アメリカでは何かの治療を受ける際、まず最初に聞かれることは
「こういう治療をする予定です。保険がカバーするか確認してください」
ということです。国民皆保険でないアメリカならではの質問です。保険会社に問い合わせてその治療がカバーされるかどうか確認する必要があるのです。もちろん保険でカバーされないとしてもその医療を受けたい場合は自費で払うことも出来ます。そして、更に複雑な治療でいくつか可能性がある場合、「どの治療をしてほしい」のか患者が決めないといけないのです。もちろん患者さんは治療に関する知識はそれほど持ち合わせていません。ですから、ソーシャルワーカーやケースマネージャーという人が患者さんの相談にのり、必要な情報を調べる手助けをしたりある程度の助言をしたりします。

けれど、そういう人達は「助言」をする迄で「決断」をするのは患者さん自身なのです。

日本の場合患者さんは「お医者さんが一番いいと思うことでいいです」ということを言う人がほとんどで、ある意味「扱いやすい患者」とも考えられますが、「自分で考えて選んで決めた」という主体がないため後々医師も困ることになります。

医者が最善と思う治療で治る場合はいいのです。しかし、それがもう終末に通じる状態だったら…医師の判断でも決められないことが沢山出て来てしまいます。

ホスピスのボランティアトレーニングの一日目で 患者さんがpaliative care (緩和治療)へ移行する際にどういう終末を迎えたいのか細かく聞いておくべきだ…というのです。

誰でもいつかは肉体の死を迎えます。そこに移行して行くパターンやケアも千差万別です。出来るだけ情報を提供して、まだ判断がつく間に決断を迎えてほしい…そういうことでした。これは如何にもアメリカっぽいなぁと思うのです。けれど、ここで「日本でもやっぱりそうしないとダメなんだろうな」と思うコメントがあったのです。

「医師や看護師、病院に働く人達は治すために精一杯働いているのです。だから、患者さんがどんなに治療が苦しいものだとしても、『生き残る可能性がある』治療が存在する限りそれをしてしまうんです。結局死ぬことになっていて、それがやってくるのが半年後なのか2年後なのか期間はその治療をしたことで変わるかも知れません。どんなに苦しい治療でも少しでも長く生きていたいという意志が患者にあるのなら、そういう辛い治療を続けていけばいいのです。けれど、もしもそんなに辛くても結局最後は死ぬんですよ…という事実を認識できたとして、『苦しみたくない。安らかに最期を迎えたい』という意思表示を予めしておいてくれたら、病院でサポートしている人達も良心の呵責を感じずに、緩和ケアそして終末ケアに患者さんを送り出してあげることが出来るんです。」

これを聞いた時、もしも『苦しみたくない』という意思表示をしておかないと、辛いけど長生きできる治療が施され、それでも、もう力つきるまで生かされ続けて、苦しんで苦しみ抜いて死ぬ…っていうシナリオもあるのかぁ…。

と思ったのです。

前記の「お医者さんが一番良いと思った治療をしてください」というのは、「力つきる迄苦しいかもしれない治療」かも知れないということなんですよね。誰も「死ぬってどういう感じ」というのはリピートできませんから、「次はこうしてください」と言えないところが難しいですね。そしてもちろん、緩和ケアへの意思表示をした方がいいと頭でわかったとしても、「そんなに辛い治療でも結局死ぬんです」ということを自分が言われたらどういう風に感じるのか…というのは、これまた多分人生でそう何度もある経験ではないですから(これは複数回経験する人もいますが)判らないですよね。

でも、いずれにせよ日本の医療費は着実に増大していて、患者さんが増えているので一人当たりの治療費を割安にしていっても保険を圧迫し続けます。そして、終末期の医療費が最も高額だという事実から考えると、政府もそのうち

「患者の決めること」

ということを言い出す様な気がします。既に、「病院で迎える死」ではなく、「自宅・コミュニティで迎える死」というシナリオは随分前から白書に出ています。これはとりもなおさず緩和ケア・終末医療の増大を意味するからです。

どうか「お医者さんの一番良いと思った治療」と思っている患者さんが「病院を追い出された」と思いつつ、家族に負担をかけて亡くなって行くというシナリオは回避してもらいたいものです。だから、もっと「痛みのない安らかな最期を迎えるためのオプション」という教育と、それを自ら学び選び取るという患者が主体性を持てる様な医療になって行ってもらいたいなと思います。