日本で働いたことのない日本人のWさんと黄昏れて行く日本を見るのが忍びない…と思っていたところに、日本から技術者が定期的に送られてくることになりました。1年半前のことです。首謀者は日本支社の副社長でした。実はこの副社長さん、私のアメリカ転籍をアシストしてくださった元の上司なのです。(その時のいきさつはこちら)ビザの要らない最長期間3ヶ月をめどに10人位の技術者を本社に送り、海外経験を積ませるというものでした。
昔だったら長期出張している日本の支社の社員が多少の生活の「いろは」は教えてくれました。「どこに行けば日本食材を買うことが出来る」とか「病気になったらどうする…」とか。ところが、もはや日本の社員が本社にはいないのです。はっきり言うと武者修行に来ている訳ですが、余りに武者修行過ぎると「来てみて嫌いになった」で帰る人も出てきかねません。そこで、Wさんと一緒に「非公式(仕事じゃない)お助け組織」を結成することにしました。
日本人でいつもいつもつるんでいるというのは本望ではありませんから、お助け組織は日本人だけではなくて、日本に興味のある社員なら誰でも入れる様にしました。がっちりした組織という訳ではなく、岸壁から荒波に落とされて溺れそうになったら手を差し伸べる…その程度のすごく緩い組織から始めたのでした。
実はこの「非公式なお助け組織」というのは我々が初めてではありません。中国やインド、そしてラテンアメリカのお助け組織というのも存在し、「非公式(仕事ではない)」ではありますが、非公式とはとても言えない位政治的に動いて社内での存在を知らしめていたのでした。もちろん中国は中国人ばかりの組織で、インドはインド人ばかりの組織です。彼らはそれぞれに人数も多く、在米社員のソーシャルの場という位置づけと、支社を徹底的にもり立てる…という二本立ての目的で活動をしています。聞くところによると、中国支社の技術の人がアメリカから情報を得たい時に、どうしても英語が理解しきれない場面が出てくる…それを翻訳してあげたりしている…というのもその非公式組織の活動になっているということでした。
他のお助け組織はいずれにしても、「これから伸びる」と期待されている新興マーケットばかりです。「昔のアイドル」ではありません。それが我々の「位置づけ」を考えるのに少し難しいファクターでした。会社が後押ししている「これからのアイドル」と「もうそのまんまやっててくれて徐々に銀幕から身を引くんだったらそでもいいから」と言われている「かつてのアイドル」ではどうサポートするのかも変わります。
更に言うと、日本の「お助け組織」のメンバーは、日本人社員が居た時期でもその輪の中に入らなかったアウトロー(笑)ばかりです。「何が何でも日本人だけのおつきあいがしたい!」という程日本人であるという理由だけの交流には飢えていないのでした。(それだけ飢えてたらここにいません)ということで中国やインドの「家族交流」という組織の目的の一つが目的にならないという現実もありました。
そんな緩い状態で、日本から技術者がやってくると食事に出かけたりする程度の活動を1年程度続けたのでした。
そういう中途半端な状態というのは案外続かないものです。そして、根本的に揺るがすことが起きてきたのでした。
昔だったら長期出張している日本の支社の社員が多少の生活の「いろは」は教えてくれました。「どこに行けば日本食材を買うことが出来る」とか「病気になったらどうする…」とか。ところが、もはや日本の社員が本社にはいないのです。はっきり言うと武者修行に来ている訳ですが、余りに武者修行過ぎると「来てみて嫌いになった」で帰る人も出てきかねません。そこで、Wさんと一緒に「非公式(仕事じゃない)お助け組織」を結成することにしました。
日本人でいつもいつもつるんでいるというのは本望ではありませんから、お助け組織は日本人だけではなくて、日本に興味のある社員なら誰でも入れる様にしました。がっちりした組織という訳ではなく、岸壁から荒波に落とされて溺れそうになったら手を差し伸べる…その程度のすごく緩い組織から始めたのでした。
実はこの「非公式なお助け組織」というのは我々が初めてではありません。中国やインド、そしてラテンアメリカのお助け組織というのも存在し、「非公式(仕事ではない)」ではありますが、非公式とはとても言えない位政治的に動いて社内での存在を知らしめていたのでした。もちろん中国は中国人ばかりの組織で、インドはインド人ばかりの組織です。彼らはそれぞれに人数も多く、在米社員のソーシャルの場という位置づけと、支社を徹底的にもり立てる…という二本立ての目的で活動をしています。聞くところによると、中国支社の技術の人がアメリカから情報を得たい時に、どうしても英語が理解しきれない場面が出てくる…それを翻訳してあげたりしている…というのもその非公式組織の活動になっているということでした。
他のお助け組織はいずれにしても、「これから伸びる」と期待されている新興マーケットばかりです。「昔のアイドル」ではありません。それが我々の「位置づけ」を考えるのに少し難しいファクターでした。会社が後押ししている「これからのアイドル」と「もうそのまんまやっててくれて徐々に銀幕から身を引くんだったらそでもいいから」と言われている「かつてのアイドル」ではどうサポートするのかも変わります。
更に言うと、日本の「お助け組織」のメンバーは、日本人社員が居た時期でもその輪の中に入らなかったアウトロー(笑)ばかりです。「何が何でも日本人だけのおつきあいがしたい!」という程日本人であるという理由だけの交流には飢えていないのでした。(それだけ飢えてたらここにいません)ということで中国やインドの「家族交流」という組織の目的の一つが目的にならないという現実もありました。
そんな緩い状態で、日本から技術者がやってくると食事に出かけたりする程度の活動を1年程度続けたのでした。
そういう中途半端な状態というのは案外続かないものです。そして、根本的に揺るがすことが起きてきたのでした。