こうして、LさんやKさんの話を書いていると、その上司であり私の後任の人は一体どんな人なんだろう…というのを読んでくださっている方は思うと思います。余りに私と流儀が違うので理解するのは難しいのですが彼女の様子を見ていると、昔の自分の置かれていた状況を思い出します。

最近労働市場に入って来た若い皆さんにはピンと来ないかもしれません。私が仕事を始めたのは1990年、バブル真っ盛りでした。このKさんやLさんの上司に当たる人は88年に入社しています。1986年にいわゆる「男女雇用均等法」が施行されました。すなわちそれ以前は、「男子限定」や「女子限定」の求人や昇進がある意味「当然のこと」としてまかり通っていたのです。

私が就職活動をしていた1989年でも、とある会社で、「女子は採用しておりませんので」と同じ研究室から男女ミックスで会社訪問に出かけて言われたことがありますし、別の会社では「同じ職種ですが給料は安いです」というシステムを人事から当然の様に言われたのでした。

そういう時代で、法律が施行されてもそれまでの習慣や考え方は急には変わりません。なにかにつけ、「女子だから」という理由で様々な不利益がまかり通っていたのです。

私の母が「女は120%頑張って、やっと男並みに見てもらえる」
と私に発破をかけたのは、あながち間違っていなかったのです。

さて、そこである程度賢い女性が勝ち上がって行くのはなかなか難しい作戦を実行しなければなりませんでした。ストレートに優秀なところを見せつけてしまっては、男性から煙たがられます。さりとて、奥ゆかしくしていたら全く光が当たりません。私が日本に居た間は、周りの男性諸君を立てて自分の貢献を見せつけず、でも取りたい結果は勝ち取ろうという仕方をしていたものです。いってみれば非常に奥ゆかしくも、ビジネスの結果は自分の思う通りに持って行きたい…そういう作戦でした。

けれど、そんなまどろっこしい事をしながら、自分を叱咤激励するのに疲れてしまい、結局アメリカに逃げ出した…というのは、前に書いた通りです。私はバブルが弾けたて失われた10年において、女子社員が苦労して、存在と権利を確立して来た道筋を避けて来たのでした。

けれど、KさんとLさんの上司の人は、そんな日本でずっと戦い続けのし上がって来た人なのです。おそらく誰もロールモデルとなる女性の先輩はおらず、うまく指導できる男性の上司にもそんなに恵まれず、我が道を信じてひたすら切り開いて来たであろうことは、想像に難くありません。
もの凄い負けず嫌いで、周りの人を非常にシビアに見るのがその兆候です。

「頑張ってるね」
とか
「こういう風にしたらどうかな?」
とか、認めてもらうこともほとんどなく自分でのし上がって自分の乾きを癒して来たのだと思います。認めてもらえた経験があんまりないから部下にもつい辛口になりますし、部下を認めてあげることも下手くそなのです。

「なんとか上の人としてまとめなきゃ、結果を出さなきゃ」
と、肩の力が入ります。だから、
「どうして私ばかりこんなに頑張ってるのに、部下達は馬鹿ばっかり!ぐだぐだ言わずに私の言う事をききなさい」
というオーラが出て来てしまうのです。

部下の良いところをなかなか見られない人が上司に来たら、部下は大体2グループに別れます。その人のタイトル故にすり寄る人、上司のいけてないところを見透かしてしまい、尊敬できないから余計近寄れなくなる人の2グループです。

「私の言う事を聞け!」
と、肩に力が入っているということは、見透かされちゃうものだと思います。そして、それは軍隊ではなく、むしろ「イノベーション」を売りにしている私たちの会社の様なところですと、「自信のなさ」と見られてしまいます。

もうここまで来てしまうと、仕事を全然まともにしなくても、すりすりしてくる人(Lさんの前任者の様に)は「良い人」で、「違うでしょ」とあるべきビジネスの姿を考えて意見を言える強さのある人が「反逆者」になってしまう…という、哀しい展開になってしまうのです。

けれど、現実は反逆者のレッテルを貼られても毅然としていられる人はほとんどいません。だから、すり寄れない…でも…尊敬も出来ない…と言うジレンマに挟まれて、結局部下が出て行ってしまうか、あるいは「一応プロですからね、やるべき事はやりますけど…」と自分の境界線を作って「ひたすら目立たない様に」するかのどっちかがほとんどの人の行動なのでした。

私はLさんの上司は、多分私がやっていたのと同じあるいはそれ以上に一生懸命真剣にビジネスをしようとしていると思います。でも、力の入れどころがまとまらない方向に力を入れてしまっている気がするのです。

KさんやLさんを始め、反逆者としていじめた何人かこそが、本当は彼女の真のサポーターになるべき人でした。

彼女の粛正は凄まじく、私は海を渡ってまで聞こえてくる悲鳴を聞きながら、「ジョージ・オゥエルの『1984』の様に完全に自分の言うことを聞く人だけの組織を作りきるのかなぁ…」と、悲しく思いつつ、それはそれで一つの組織の形ではあるし、でもそれでやって行けるのだろうか?と疑問を持っていました。

上司に絶対服従という組織形態も「あり」ではあると思うのです。でも、それと対極にある文化の会社で彼女がそれをやりきれるのかどうか…というのは無理なんじゃないかと思っていました。

Lさんが現れ、私のアメリカの上司を始め多くの人が彼女の人を掌握する能力に疑問を持ち始めています。結局、会社の文化って明確な形はないけれど、それを一人の人がその人の肩書きだけで変えること…それは無理なんじゃないでしょうか。

人生の半ばまで、負けず嫌いで戦い続けて来た人に、急に価値観を変えてみては…というのは無理な話です。けれど、肩の力が入っていて楽しそうじゃないLさんの上司に、もしも私が何か言う立場にあるとしたら、こんな事を言うでしょう。


あなたはなんとかビジネスを成功させようとして一生懸命やってます。それはもの凄くよくわかるし、私は評価してますよ。でもね、いくつか質問があるんですよ。成功したビジネスってどういうビジネスになってるんだか表現してもらえますか?その時、あなたはどうなってますか?そして部下はどうなってますか?どんな組織になってるでしょう?あなたの夢を聞かせてください。

私は彼女が具体的な夢を描けないことは知っています。だからいくつか質問するでしょう。そして、舞台の上に引きずり上げるのです。

彼女が自尊心の固まりだったら、具体的な夢を描けず私が言いくるめた…と思って、怒り狂って出て行くかも知れません。
負けず嫌いが先行したら、徹底的に考えてくるかもしれません。考えた先には、必ず仲間を作って仕事をしていかないといけないというポイントに気がつく場面がいくつかあるはずです。そこが彼女の転換点になる可能性があります。

どんな道を辿るにしても、私は彼女が肩の力を抜けてもう少し笑えて幸せに仕事が出来る様になったらいいなと思います。