かつて、子供に対しては、「自分が犠牲にしてきたことを感謝してほしい」親に対しては、「自分の献身を認めてほしい」という親子の連鎖の話を書きました。
近くに住んでいれば、「会いにこない」とかいろいろ文句を言われるのだと思うのですが、さすがに海の向こうに済んでいるのでそれは言われません。けれど、まつて「毎週一度は電話をしてくる様に」という言いつけはありました。
その頃の話題は、私のいとこの冴えない話とか、母の兄弟への不満とか、「国際電話の電話代払って話す話題かなぁ…」みたいな文句ばかりでした。それがいくつかの工夫によって劇的に変化しました。
まず、携帯を持たせました。これは携帯で連絡が付く様にする…という意味ではありません。「メールを使える様にする」という意図でした。携帯を渡してから一月、メールは一通も来ないので、普通の電話で話をしながら一つ一つメールの書き方・送り方をコーチしました。それによってメールが書ける様になったのです。
これによって、何が良かったかというと、ちょっとした「御飯の写真」とか「出かけた時の風景」とか写メールが出来る様になったことでした。電話という「声だけのコミュニケーション」だと、日頃不満に思っていることばかりが口をついて出て来てしまいます。けれど、写メールが出来ることによって、
「あ、この景色きれいだな」
と、思った瞬間にメールを出すことが出来るので、不平不満じゃないコミュニケーションが自然と増えたのです。
それと、電話口でグチグチ言うのに比べて、同じ内容をメールに使用と思うと案外それはそれでエネルギーの必要なことなんですよね。なので、愚痴の内容がなくなりました。
それから、通販でいろいろな食材・特産品を送っています。これは以前からやっていたのですが、メールが出来る様になったおかげで、まず届いたら、「届いたよ」の写メール。それが食卓に並んだら、その食卓の写真を写メール。こうして、今迄だったら、「ごちそうさま」の一言だった…それもリアルタイムでは表現できなかった(週末まで待たないといけなかった)ことが、リアルタイムで何度も表現できる様になったのです。
それと、宅急便の配達が来ると、集落全体が「誰のところに配達に来たのかな?」と眺めるらしく(笑)、頻繁に配達に来ると近所の人から
「いいねぇ」
と言われることになり、それも少し自慢らしいのです。
ということで、「育ててくれてありがとう」といったことを言わされる圧迫的な雰囲気もなく、各地の名産品で美味しい写メールのやり取りをする…という方向に変わって行ったのでした。
これが近くにいたらこんな風にスムーズな関係も保てないと思いますし、結局不満たらたらの愚痴を聞き続けていたのかな…とも思うのでした。
昨日だったか、円満な夫婦の関係のために交換日記をしてはどうか…というコラムを読みましたが、しゃべるだけではない「書き言葉」の効能もあるよな…と、自分の親とのコミュニケーションを通じても思うのでした。