先日私が前のポジションにいたときの部下が、「コーヒーでも一緒にどうですか?」といって連絡をしてきてくれました。彼は私が異動してから数ヶ月後に違うポジションを社内で探して自分からそのポジションを出て行ったのです。今は本社にはおらず、飛行機でも3時間位かかる別のオフィスで働いています。
たまたま他の用事で本社に来ることがあり、わざわざ連絡をしてきてくれたのでした。

その日は私は日本に出張に出かける日だったのですが、なかなか会えない相手なので、空港に行く前に会社のカフェテリアでお茶をすることにしました。

彼と一緒に上下関係で仕事をしたのは本当に数ヶ月でした。ただ、それ以前3~4年間は上下関係はありませんでしたが、仕事の関連があって、お互いに「一緒に仕事しやすい人だな」と思っていたという歴史があります。

私が前のポジションにいたときに、彼が他のポジションで将来性を案じ、次のポジションを探していました。私を結局追い出した上司が彼を失うのが惜しいと感じて、私の下だったら彼が働いても良い…という言葉を取り付けて慰留させたことにより、彼が私のグループにやって来たのでした。
その数ヶ月後、私が追い出され、更にその数ヶ月後、結局彼も自分から出て行いきました。

私は彼から「やっぱり他のポジションを探そうと思う」という相談を受けていて、「そうした方がいいよ」というアドバイスをしていました。それが二人きりで話しをした最後で、彼は違うポジションを得て、本社から去って行ったのです。それ以来、メールでやり取りはあったものの、対面して話をするのは初めてのことでした。

彼は私が今やっている仕事の話を尋ね、進捗を興味深く聞いていました。私も彼が今行っている仕事の楽しさ難しさを尋ねました。お互いに、「今の仕事が楽しくて良かったね」とにっこりとしたのです。

彼が現在のことに加えて、私が去った後、数ヶ月後去る事を決意した理由と決めてからの後日談を語ってくれました。

私が他のポジションに移った後、彼をそもそも慰留した私たちの共通の上司は彼の事を猫の子をかわいがる様に評価してくれたそうです。ところがある日、彼自身は全く変わらないのに、その上司は彼を公の場で急に攻撃し始めたというのです。

私もその「急変」は噂になっていましたから、その場に居合わせることはありませんでしたが、もちろん知っていました。そして、その「攻撃」は実は彼だけではなく、そのビジネスに携わっていた全員に向けられたのです。

彼は言いました。
「何がどう変わっちゃったんだか、さっぱり判らないんだけど、急に攻撃しはじめたんだ。これじゃやってられないと思って他の仕事に移る事にした。これが他のポジションに異動する原動力の最も大きな部分かな。仕事の内容は嫌いじゃなかった。でも、これじゃやってられないって思ったんだ。」

そして、彼が他のポジションを得て異動すると上司に告げたとき、その人は彼を慰留しようとしたそうです。しかし、彼の意志は固く、その上司は彼を引き止めることは出来ませんでした。

私たちが居たグループのビジネスは長い間手をかけてもらっていなかったために、成長の鈍化が深刻でした。新製品のパイプラインも潤沢とは言い難く、それをなんとかてこ入れするために買収提案をしました。そして買収したビジネスはそれ単体でサイズが大きいからという理由で、提案した我々の元居たグループに併合されず、単体として扱われることになりました。(そして、私はその買収したビジネスの国際部の責任者になりました)

すなわち、成長のてこ入れとして買収したビジネスが入ってこなかったということは依然として厳しい状態にあるということです。その状態は誰が見ても明かでしたが、その長年の「つけ」が溜まった状態を、私を攻撃しただけでは物足りず、結局そこに居合わせた彼と他の人達のせいにして上司が攻撃したということだったのです。

これにより、彼が去り、他の人も競合会社に去って行き、3人が立て続けに辞めていきました。

「それでね、その上司がさ、残っている他のビジネスの部下達に、『彼がもっと良いキャリアを見つけて来たから引き止められなかった』って、全員に留守番電話のメッセージを入れてたんだって」

これは初耳でした。電話メッセージを受け取った人達は全員知っていました。上司の理不尽な攻撃があったから皆辞めて行ったことを。それを知っている人に、その上司から「彼らが辞めたのは私のせいじゃない」といういい訳を留守電で残したというのです。

「みんなそれ聞いてどうだったかね?」
私は肩をすぼめました。

「ね。出て行くときに人事のマネージャーにはありのままを話したよ」
彼は言いました。他の部門に移るとき、人事のマネージャーがexit interviewと称して「何故出て行こうと思ったのか」という理由を聞くのは普通です。去って行った3人とも、思いの丈を言いたい放題ぶつけて出て行った様でした。

そして、彼が本社に来たときに元の上司と顔を合わせることがあったそうです。元の上司は「元気?」とか当たり障りのないことを一言二言かわした後、彼を無視する様に去って行ったとのことでした。


我々は、そういう人の下から逃れて現在お互いの仕事を楽しめていることに安堵しました。そして、我々が受けた攻撃は我々のパフォーマンスが理由ではない…と、明らかに結論したのです。

「またどこで我々のキャリアが交差するか判らないから、お互いに連絡を取り合おうね」としっかりと握手をしたのでした。

アメリカの会社では、社員個人のキャリア意識は日本のそれより高いと思います。それでもやっぱり「ひと」なので、気持ちよく仕事の出来る環境、同僚、そして上司が必要です。自分のキャリアのことだけしか頭にない人とはやっぱり一緒に働けないと思う人がほとんどです。そして、個人が個人のキャリアに責任を持てば持つ程、そういうどうしようもない上司の下からは流儀にあわない人は去って行き、あわせられる人だけが残るという構図になります。

彼との上下関係は短い期間でしたが、今後も何かあればお互いに協力できるだろうと思います。そして、元上司の下には我々は二度と行かないでしょう。

「またお茶でもしようね」
彼と私は笑顔でカフェテリアを後にしたのでした。