全くビジネスの肝と関係ないところで日々政争が繰り返されている職場と、私のやりたい「信頼をベースに置いた組織作り」では「流儀が余りに違いすぎる」ので、自ら一歩を踏み出す必要があるのは明白でした。
2010年の秋口にいわれのない理由で上司から後ろからマシンガンで撃ちまくられ、お払い箱にされ、事業部内の他のポジションに移りましたが、それによって腹が据わったというか
「どっちにしたって評価してくれないんだから、やりたい様にやるさ」という気持ちが固まりました。
上層部のナンセンスなごたごたから見えないところで、速く走れるだけ走ってやりたい事をやってしまおう…と決め、それを実行しました。
仕事は買収した企業のビジネスを世界展開するというもので、この職務内容が幸いしました。本社でいろいろ動かす必要がないというか、買収先の企業の人達とがっちりと手を結び、後は世界中の支社と働けばいいからです。担当が世界に広がったため、寝ている時間以外は世界中から様々な時間帯にメールが飛び込んで来る、電話会議が入る…と、忙しくなりました。
けれど、プレゼンテーションの見栄えで評価されるとか、マシンガンで後ろから撃たれることをびくびくしながらどうおべっかを使うか?といったことを考えなくて良くなったので、忙しいけれど楽しく仕事をすることが出来る様になりました。
自分で気がついていなかったのですが、行き交う同僚から
「笑う様になったね」と、言われたのが印象深く残っています。
意図的に上層部からはそれほど目につかない様に、でもがりがり時間と頭を総動員で仕事をしていましたが、数ヶ月後こんなことが起きました。
今回の買収のインテグレーションを総指揮する様にと事業部の外からある人物が異動してきていました。上部の政争は彼女に任せて、私は一応自分のやっていることを彼女に伝えてはいましたが、判断をあおぐということは何一つしませんでした。彼女は私に「そのままやって頂戴」と言ってはいましたが、その先の方針を考えていないことは明白でしたし、内容をしっかりと理解していたのかも疑問でした。
私の部門はアメリカを除く全世界ですが、彼女の仕事はアメリカも含んだ全てのビジネスのリーダーという位置づけでしたから、「まぁアメリカの事で忙しいのかな」位にしか気に留めることはありませんでした。はなから、判断をあおごうなんて思っていなかったからです。
とはいえ、リーダーたる彼女から3ヶ月たっても一言も「方針」が出てこないことに、疑問は感じていました。アメリカではOne hundred days(100日)というのは、かなり大きな意味を持っています。就任して大体3ヶ月位たったら、方針をはっきりと打ち出す…というのがリーダーに期待された成果の一つなのです。
彼女は既存のビジネスのディレクター達、それから買収先のリーダーの狭間で、ニコニコと優しく振る舞っていましたが、何かというと足を引っ張り合うディレクターの中では「良い人」過ぎました。そして、自分の領分を主張しなかったのです。
そのうち、ヨーロッパに居る上の方の人から、今回の買収に関して「方針説明がない」と疑義が投げかけられ、本社の人達が慌てふためく騒ぎになり、彼女が内容を全く把握していなかった(報告は受けていたのですが内容を理解していなかった)ことが明らかになっていきました。
それと同時に、買収先の社長が新しいポジションを得て、急に去って行くことになり、彼が日頃から抱いていた彼女に対する不満が一気に事業部のトップに届いてしまったのです。
こうなると、彼女が居場所やリーダーシップを発揮する機会を得るのは難しくなってしまいます。そして、突然事業部のトップから彼女のポジションチェンジが発表されたのでした。
彼女の在任期間は4ヶ月もありませんでした。
これを見て、「確かにディレクターなら100日の間に自分の領地をしっかりと宣言し、方針を表明すべきだった」とは思いましたが、「悪口を言われたら失地を取り返すチャンスももらえないのか」と言う、この組織の残忍さもまた強烈に心に残りました。事業部のトップもビジネスの状況を理解しておらず、他のところ(ヨーロッパ)から批判的なことを言われたので、彼女に八つ当たりした…としか見えなかったからです。
ちょっとしたスケープゴートが常に必要な組織なんだなぁ…というのが納得できました。私が後ろから撃ちまくられたのは、たまたまそこに居合わせ、相手を信用しようとしたからだ…ということがよくわかったのです。
これによって、自分に対する否定的な気分を完全に払拭し、更に自分のやりたい様に出来るだけ速いスピードで駆け抜けることを決意したのでした。
2010年の秋口にいわれのない理由で上司から後ろからマシンガンで撃ちまくられ、お払い箱にされ、事業部内の他のポジションに移りましたが、それによって腹が据わったというか
「どっちにしたって評価してくれないんだから、やりたい様にやるさ」という気持ちが固まりました。
上層部のナンセンスなごたごたから見えないところで、速く走れるだけ走ってやりたい事をやってしまおう…と決め、それを実行しました。
仕事は買収した企業のビジネスを世界展開するというもので、この職務内容が幸いしました。本社でいろいろ動かす必要がないというか、買収先の企業の人達とがっちりと手を結び、後は世界中の支社と働けばいいからです。担当が世界に広がったため、寝ている時間以外は世界中から様々な時間帯にメールが飛び込んで来る、電話会議が入る…と、忙しくなりました。
けれど、プレゼンテーションの見栄えで評価されるとか、マシンガンで後ろから撃たれることをびくびくしながらどうおべっかを使うか?といったことを考えなくて良くなったので、忙しいけれど楽しく仕事をすることが出来る様になりました。
自分で気がついていなかったのですが、行き交う同僚から
「笑う様になったね」と、言われたのが印象深く残っています。
意図的に上層部からはそれほど目につかない様に、でもがりがり時間と頭を総動員で仕事をしていましたが、数ヶ月後こんなことが起きました。
今回の買収のインテグレーションを総指揮する様にと事業部の外からある人物が異動してきていました。上部の政争は彼女に任せて、私は一応自分のやっていることを彼女に伝えてはいましたが、判断をあおぐということは何一つしませんでした。彼女は私に「そのままやって頂戴」と言ってはいましたが、その先の方針を考えていないことは明白でしたし、内容をしっかりと理解していたのかも疑問でした。
私の部門はアメリカを除く全世界ですが、彼女の仕事はアメリカも含んだ全てのビジネスのリーダーという位置づけでしたから、「まぁアメリカの事で忙しいのかな」位にしか気に留めることはありませんでした。はなから、判断をあおごうなんて思っていなかったからです。
とはいえ、リーダーたる彼女から3ヶ月たっても一言も「方針」が出てこないことに、疑問は感じていました。アメリカではOne hundred days(100日)というのは、かなり大きな意味を持っています。就任して大体3ヶ月位たったら、方針をはっきりと打ち出す…というのがリーダーに期待された成果の一つなのです。
彼女は既存のビジネスのディレクター達、それから買収先のリーダーの狭間で、ニコニコと優しく振る舞っていましたが、何かというと足を引っ張り合うディレクターの中では「良い人」過ぎました。そして、自分の領分を主張しなかったのです。
そのうち、ヨーロッパに居る上の方の人から、今回の買収に関して「方針説明がない」と疑義が投げかけられ、本社の人達が慌てふためく騒ぎになり、彼女が内容を全く把握していなかった(報告は受けていたのですが内容を理解していなかった)ことが明らかになっていきました。
それと同時に、買収先の社長が新しいポジションを得て、急に去って行くことになり、彼が日頃から抱いていた彼女に対する不満が一気に事業部のトップに届いてしまったのです。
こうなると、彼女が居場所やリーダーシップを発揮する機会を得るのは難しくなってしまいます。そして、突然事業部のトップから彼女のポジションチェンジが発表されたのでした。
彼女の在任期間は4ヶ月もありませんでした。
これを見て、「確かにディレクターなら100日の間に自分の領地をしっかりと宣言し、方針を表明すべきだった」とは思いましたが、「悪口を言われたら失地を取り返すチャンスももらえないのか」と言う、この組織の残忍さもまた強烈に心に残りました。事業部のトップもビジネスの状況を理解しておらず、他のところ(ヨーロッパ)から批判的なことを言われたので、彼女に八つ当たりした…としか見えなかったからです。
ちょっとしたスケープゴートが常に必要な組織なんだなぁ…というのが納得できました。私が後ろから撃ちまくられたのは、たまたまそこに居合わせ、相手を信用しようとしたからだ…ということがよくわかったのです。
これによって、自分に対する否定的な気分を完全に払拭し、更に自分のやりたい様に出来るだけ速いスピードで駆け抜けることを決意したのでした。