病院もHIV/AIDSのサポートグループでのボランティアもなぜかうまく事が運ばず、「今は時じゃない」と言うことか「違う場所だ」ということか…なんか、一筋縄ではいかないなぁと思っていました。
けれど、3月11日に大震災があり、お金を出すだけのボランティアじゃなくて、「何か行動したい」という思いが更に強まった私は他のオプションを探し、ホスピスのボランティアにたどり着きました。
日常では「死」というものと近づく機会はありません。病院で使われる医療器機を製造販売している仕事に携わっていても、人生の最終章に近づくことはほとんどありません。
死ぬ事を考えると寂しいし怖い。
でも、それだからといって、人生に終わりがある…ということを考えないで「ないことにする」のはやはり間違っているのです。
また、折しも台湾出身のアメリカの同僚のおとうさんが病気で倒れるということがありました。彼女はとる物もとりあえず、3週間の時間をとって台湾に戻りました。台湾から戻って来た彼女とあって話したとき、彼女は悩んでいました。
「『留学が終わったら台湾に帰るからね』って言って、それっきり帰らなかった。両親も強くは反対しなかったし、アメリカで伴侶も得て仕事もあって、そのまま生活は続いて行くって思ってた。そして、両親はいつまでも元気って思い込もうとしてた。
でもね、今回父が倒れて急いで帰った時、もう、両親も若くないって、考えないでいようとしたことが急に目の前に突きつけられて、『どうしたらいいんだろう』って正直わからないの」
家族もあり、旦那さんが台湾に住む事は難しいと判断する彼女。年老いて行く両親、台湾の文化にはおいそれとはなじめない旦那さん、そして、アメリカ人として育っている子供…その狭間で彼女は揺れていました。
「ない事にする」ことは出来ないのです。
「その時」は誰にでも等しく確実にやってくるのです。
ホスピスのボランティアを通じて、この「死」というものを学ばせてもらおうと決めたのです。
とはいえ、これまたすんなり始められるものでもありませんでした。
応募したホスピスは年に2回しか新しいボランティアを開始せず、私が応募した時が、その開始時期の直後だったからです。応募はしたけれど、全く音沙汰のないまま、
「これもうまく行かないってことかなぁ?」と、忘れそうになった矢先、突然携帯電話が鳴ったのでした。
「まだホスピスのボランティアに興味ありますか?」と。
私は即座に
「Yes」と答えていました。
けれど、3月11日に大震災があり、お金を出すだけのボランティアじゃなくて、「何か行動したい」という思いが更に強まった私は他のオプションを探し、ホスピスのボランティアにたどり着きました。
日常では「死」というものと近づく機会はありません。病院で使われる医療器機を製造販売している仕事に携わっていても、人生の最終章に近づくことはほとんどありません。
死ぬ事を考えると寂しいし怖い。
でも、それだからといって、人生に終わりがある…ということを考えないで「ないことにする」のはやはり間違っているのです。
また、折しも台湾出身のアメリカの同僚のおとうさんが病気で倒れるということがありました。彼女はとる物もとりあえず、3週間の時間をとって台湾に戻りました。台湾から戻って来た彼女とあって話したとき、彼女は悩んでいました。
「『留学が終わったら台湾に帰るからね』って言って、それっきり帰らなかった。両親も強くは反対しなかったし、アメリカで伴侶も得て仕事もあって、そのまま生活は続いて行くって思ってた。そして、両親はいつまでも元気って思い込もうとしてた。
でもね、今回父が倒れて急いで帰った時、もう、両親も若くないって、考えないでいようとしたことが急に目の前に突きつけられて、『どうしたらいいんだろう』って正直わからないの」
家族もあり、旦那さんが台湾に住む事は難しいと判断する彼女。年老いて行く両親、台湾の文化にはおいそれとはなじめない旦那さん、そして、アメリカ人として育っている子供…その狭間で彼女は揺れていました。
「ない事にする」ことは出来ないのです。
「その時」は誰にでも等しく確実にやってくるのです。
ホスピスのボランティアを通じて、この「死」というものを学ばせてもらおうと決めたのです。
とはいえ、これまたすんなり始められるものでもありませんでした。
応募したホスピスは年に2回しか新しいボランティアを開始せず、私が応募した時が、その開始時期の直後だったからです。応募はしたけれど、全く音沙汰のないまま、
「これもうまく行かないってことかなぁ?」と、忘れそうになった矢先、突然携帯電話が鳴ったのでした。
「まだホスピスのボランティアに興味ありますか?」と。
私は即座に
「Yes」と答えていました。