日本にいる間ずいぶんと幸せな思いをしました。

それは、、最初はエネルギー切れでヘトヘトになりそうなことでしたが、今迄出来なかった部下ががんばって次のステップに進める様になった様子とか、「私なんか」とひねくれていた部下が実は辣腕のやり手という本性を現してがつがつ仕事をしてくれる様になったとか、そういうところを見るのが、何よりも私にとって、仕事のやり甲斐であり、報酬でありました。

(報酬と言う言葉を書いたので、少し報酬の話をしますと、日本に居る間ずっとドル建てで給料をもらっていたので、その間どんどんドルが安くなって行った結果、本当に報酬が日本円で使うときはスゴイ勢いで目減りしていました)

その中でも、本当に一人の人物とは糸をたぐり寄せた様な出会いがありました。
その人とは入社がいっしょなので、もうかれこれ20年は知っている相手です。
入社当時同じアパートに住んでいましたから、若かりし頃から今に至るまでの道のりで所々状況を報告し合ったりする程度の仲だったのです。一緒に遊びに行った事もありませんでした。

けれど、彼が日本、私がアメリカで暮らす様になり、彼がアメリカに来る用事があれば、声をかけてくれて一緒に晩ご飯に出かけたりするようになっていったのです。私の目から見たら、遅刻常習犯のやんちゃな若者だった彼が、いろんな経験を経ていい感じに年を取って行くのがわかりました。彼からしたら、後に言われた事ですが、彼が仕事の上での問題と認識していることについて、私はとっくにその問題に直面しさっさと行動してその問題を飛び越えていたそうです。そして彼はいつの日か「一緒に働いてみたいな」と思う様になったと言ってくれました。

日本へ戻って来て1年が過ぎた頃、ちょうど彼と一緒に晩ご飯に出かける機会がありました。彼の置かれている状況と私の状況を報告しあい、そのときです、彼が「一緒に働いてみたいね」とぽろっと言ったのでした。

私もそのときに一緒に働いてみたいと思いました。けれど、私はいつかはアメリカに戻る身の上ですし、「絶対楽しいから来てよ」と言う様な事はさすがに無責任ですから言えません。けれど、人を増やせる様になったときに、「一緒に働いてみないか?」という声をかけたのでした。

そこからはドラマでした。

当社には自分で手を挙げて移籍するシステムがあります。それに彼は手を挙げてくれた訳ですが、その時点で属しているグループのトップからかわいがられていた彼は強烈な引き止め工作にあったのです。普通だったらそこで完全に引き止められたと思います。プロモーションも用意されました。更には彼が異動しない様にと社長をも巻き込んだ騒動になってしまったのです。

そもそも私はそれだけの騒動を起こしてまで「絶対来て」なんて、そもそもいつまでもいる訳でもないので言えません。それこそ彼の将来を考えたら無責任きわまりないです。だから、彼には

「絶対来てなんて責任とれないから言えない。でも一緒に働きたい」
というのが精一杯でした。

そんな騒動が続き、翌日彼がそのグループのトップと1対1で話す…という前夜、私たちは居酒屋に座っていました。

しばらく重たい空気が続いた後、彼が言ったのです。
「俺、動いた後責任とってくれなんて思ってない。でも、来てほしいって言葉は聞きたいんだよ。」

私が彼の将来を思って言えなかった言葉…それを彼は本当は一番私から聞きたかったのです。

「一緒に働きたい。来てくれる?」
私がそういうと、彼は「うん」と言って、翌日強烈な引き止め工作をすっぱりと断って移籍してきたのでした。


私はそのときに心から誓いました。

何があろうが何が起ころうが、彼が私を仮に裏切る様なことがあっても、私は彼を一生裏切らない。信じる…と。