日本に舞い戻った一年間は、下降線をたどるセールスを落ち着かせることがまずは第一の目標でした。
注文が来て、製品が滞りなく届けられ、代金が回収される
その一見シンプルなプロセスの背後に如何に沢山のドラマや落とし穴があるか…というのを次から次へと発見しては、一つ一つ穴を塞ぐ割と地道な作業が続きました。
やっていて楽しいと言うよりは、散らかった部屋を片付けるシンデレラかウルトラマン…という気分です。常に、後8ヶ月、7ヶ月と残された日々を引き算で考えながら出来るだけ素早く、エグゼクティグから教えられた通りに80/20の法則を駆使して仕事をしていきました。
しかし、それと同時に私が去って「元の木阿弥」になっては欲しいとは思いませんでした。だから、穴を塞いで修理する過程でも、直ぐに壊れるのではなくて根本から直す様に気を遣いました。それは、どういう事かと言いますと、当事者の部下の人達に「何故、これをしなければならないのか」納得してもらう…ということに注力したのです。
「四の五の言わずにさっさとやれ!」
では次にちょっと違う問題が起きてしまったら、応用が効きません。
価格をどう考えるのか、顧客の価格要求に言いなりにならないで価値を認めてもらうにはどうしたらよいのか…根本的なところのトレーニングと実践を心がけました。
そういう地道な日々にも、当初集めた声の裏返しである
一流のプロ集団になった暁にはどのような組織になっているであろうか?と考え続けました。
「なったらいいなぁ」
ではなくて、
「こうしないと(ならないと)いけないな」
という具合に。
そして、組織のメンバーは一流のプロ集団の人材として対応しました。
「私なんか」という人には、どこが優れているかを伝える様にしました。
「もう定年間近ですし」と言う人には、「○○さんが去った後も、『これは○○さんの仕事だよね』って伝説残したくないですか?」と言う具合に。
なんせ、私は拳銃をアメリカに置いて来たのです。現有勢力に如何にやる気になってもらうか…それが私の勝負だからです。
現有勢力で頑張る…といっても、ずっと投資をしてもらえなかった事業部なので、人材不足は明らかでした。そして、一番のネックは外からなかなか人が雇えないことでした。今迄ですら人をいれてもらっていないのに、業績が悪化しているのですから、コストが増える人材投資はまずしてもらえないのです。
ところが、ここで折しもがやってきたのです。
会社でかつて花形だったビジネスが絶不調に陥っていたのでした。これを社長は「構造的に今後の伸びはそれほど期待できない」と結論し、会社のポートフォリオ上、私の居るビジネスを伸ばさない訳にはいかない…と結論したのでした。それまでどちらかと言うと販売額は大きい物の、利益だけ出しておいてくれればいいから…みたいな感じで投資をされてこなかったビジネスに、なんと急に日が当たったのです。
突然多くの人を採用できる様になってしまったのでした。
そうして、ジグソーパズルのピースが一つ一つ埋まって行く様に、新しいメンバーが増えていったのです。
この時の感触は、私があれよあれよとアメリカにたどり着いた時の感覚に似ていました。
自分が想い描いていたものが現実の目の前に展開していく…明らかに自分の力を越えた「何か」が働いているのです。この場合はシンクロニシティと言うよりは「引き寄せた」という方が表現があっている気がします。
こうして、夢を紡ぐ準備が整っていったのでした。
注文が来て、製品が滞りなく届けられ、代金が回収される
その一見シンプルなプロセスの背後に如何に沢山のドラマや落とし穴があるか…というのを次から次へと発見しては、一つ一つ穴を塞ぐ割と地道な作業が続きました。
やっていて楽しいと言うよりは、散らかった部屋を片付けるシンデレラかウルトラマン…という気分です。常に、後8ヶ月、7ヶ月と残された日々を引き算で考えながら出来るだけ素早く、エグゼクティグから教えられた通りに80/20の法則を駆使して仕事をしていきました。
しかし、それと同時に私が去って「元の木阿弥」になっては欲しいとは思いませんでした。だから、穴を塞いで修理する過程でも、直ぐに壊れるのではなくて根本から直す様に気を遣いました。それは、どういう事かと言いますと、当事者の部下の人達に「何故、これをしなければならないのか」納得してもらう…ということに注力したのです。
「四の五の言わずにさっさとやれ!」
では次にちょっと違う問題が起きてしまったら、応用が効きません。
価格をどう考えるのか、顧客の価格要求に言いなりにならないで価値を認めてもらうにはどうしたらよいのか…根本的なところのトレーニングと実践を心がけました。
そういう地道な日々にも、当初集めた声の裏返しである
一流のプロ集団になった暁にはどのような組織になっているであろうか?と考え続けました。
「なったらいいなぁ」
ではなくて、
「こうしないと(ならないと)いけないな」
という具合に。
そして、組織のメンバーは一流のプロ集団の人材として対応しました。
「私なんか」という人には、どこが優れているかを伝える様にしました。
「もう定年間近ですし」と言う人には、「○○さんが去った後も、『これは○○さんの仕事だよね』って伝説残したくないですか?」と言う具合に。
なんせ、私は拳銃をアメリカに置いて来たのです。現有勢力に如何にやる気になってもらうか…それが私の勝負だからです。
現有勢力で頑張る…といっても、ずっと投資をしてもらえなかった事業部なので、人材不足は明らかでした。そして、一番のネックは外からなかなか人が雇えないことでした。今迄ですら人をいれてもらっていないのに、業績が悪化しているのですから、コストが増える人材投資はまずしてもらえないのです。
ところが、ここで折しもがやってきたのです。
会社でかつて花形だったビジネスが絶不調に陥っていたのでした。これを社長は「構造的に今後の伸びはそれほど期待できない」と結論し、会社のポートフォリオ上、私の居るビジネスを伸ばさない訳にはいかない…と結論したのでした。それまでどちらかと言うと販売額は大きい物の、利益だけ出しておいてくれればいいから…みたいな感じで投資をされてこなかったビジネスに、なんと急に日が当たったのです。
突然多くの人を採用できる様になってしまったのでした。
そうして、ジグソーパズルのピースが一つ一つ埋まって行く様に、新しいメンバーが増えていったのです。
この時の感触は、私があれよあれよとアメリカにたどり着いた時の感覚に似ていました。
自分が想い描いていたものが現実の目の前に展開していく…明らかに自分の力を越えた「何か」が働いているのです。この場合はシンクロニシティと言うよりは「引き寄せた」という方が表現があっている気がします。
こうして、夢を紡ぐ準備が整っていったのでした。