「大いなるすべては完璧だ。」

「私の世界では決して間違いが起きない。」

 

これは、結果を予想しないからだと思った。

過去の経験からこうなると予想しなければ、

現実と比較するものがないから

それは必要で起こったと思えるし

間違えてるなんて思わない。

それが幸せかそうでないかも考えない。

比較できないから、ただ起こったことだと捉えれる。

 

自分もそう思えるようになった。

こういうことが起こったらこうするのが良いかな

とか考えるのをやめるようにしていると

(気づいたら考えてる時ある)

起こることをそのまま受け入れることができる。

そっからどうするかなって考えればいいと思える。

 

だから、私の世界はなにも間違えない。

自信を持って言えるようになった。

嬉しい。

 

そして、全てがあるんだから

必要な時に必要なものを選べるし

準備することなんて何もないなと思える。

 

 

自分を知っていると本当に気持ちがラクだ。

実存、存在そのものである自分には

なにも影響しないことを知ると

本当に絶対の安心があって、

体験や感情をそのままを受け入れることができる。

今までと同じように感じるし思いも湧いてくるし

体の不調とか感じる時あるけど、

それは自然に現れて消えていくんだと

原因を考えたり、それを対処しようとか

続いて欲しいとか思うことが減ってきた。

これが、来るもの拒まず去るもの追わずだなと思う。

 

自分はこれを必要だと思ったから選んだけど、

それぞれ求めるものは違うなってほんと思う。

存在の表現のひとつで、その表現の違いで

バランスが保たれているんだなと。

 

実存から生まれるあらゆる次元で表現があるけど

そのすべてが違うことでバランスが保たれてる。

そう思う。

一つの次元でよりよい環境を整えるために

扱える次元に介入がある。

三次元も上位の次元がより良い環境にするために

介入があるんだと思う。

その連鎖があると思う。

そこに良い悪いとかなくて、ただそういうふうにできてる。

(自分の想像だからほんとかは分からない)

 

 

 

おわり。